11月も半ばを過ぎ、インフルエンザが流行しやすい冬の季節がやってきた。東京都では早くも感染が「警報レベル」と、猛威を振るっている。この時期によく聞くのが、「同じ環境にいたのに自分だけインフルエンザにかからなかった」という声だ。そこから「自分はインフルエンザに強い体質なのかも」と感じる人もいる。では、実際にそんな「強い体質」の人は存在するのだろうか。インフルエンザの発症は確率的な問題まず知っておきたいのは、インフルエンザウイルスに感染しても、誰もが必ず発症するわけではないということだ。発症するかどうかは、曝露量(どれだけウイルスにさらされたか)、免疫の反応速度、過去の感染やワクチン歴など、複数の要素が組み合わさって決まる確率的な現象だ。同じ空間にいても、吸い込むウイルス量や距離、マスクの有無、換気状態などによって曝露量は大きく変わる。つまり、最初の時点で「どれだけウイルスを受けたか」にすでに個人差がある。さらに、感染しても症状が出るかどうかは、体内の自然免疫の働き次第だ。この段階で重要なのが、「インターフェロン(IFN)」という抗ウイルス物質である。IFNの反応が早い人は、ウイルスの増殖を初期に抑え込めるため、症状が軽く済んだり、気づかないうちに治ってしまうこともある。一方、反応が遅れるとウイルスが増え、発熱や倦怠感などが起こりやすくなる。症状はウイルスそのものより身体の炎症反応で起きる症状の重さはウイルスの強さだけでなく、身体の炎症反応によっても左右される。発熱や倦怠感は、身体がウイルスを排除しようとする際に起こす生理的な反応だ。この炎症反応が控えめな人は、感染しても軽く済んだり、無症候(明らかな症状がない)のまま終わる場合もある。つまり「発症しなかった=ウイルスに勝った」というより、「症状として表れにくかった」可能性が高い。インフルエンザへの反応は、その人がこれまでどんなウイルスに触れてきたかでも変わる。幼少期に初めて感染した株や、ワクチンで得た免疫の性質によって、成長後の反応が異なることが知られている。特に、鼻や喉で働くIgA抗体の量や質には個人差が大きい。つまり、免疫には「記憶」があり、それが発症しやすさに影響を与えることになる。さらに、遺伝的な要素も無視できない。たとえば、IFITM3などの抗ウイルス遺伝子には働きの差があり、特定の型は重症化リスクを高めることが報告されている。ただしこれは「絶対的に強い/弱い体質」という話ではなく、あくまで統計的にリスクがやや異なる傾向を示すものだ。免疫の働きは日々変化、「常に強い」わけではないこれらを踏まえると、「自分はインフルエンザに強い」という自己評価は、医学的には正確とは言い切れない。多くの場合は、曝露量が少なかった、自然免疫の反応が早かった、あるいは炎症反応が穏やかだったなど、複数の要因が偶然重なって「発症しなかった」だけの可能性が高い。次に流行する株が変われば、同じ人でも発症することは十分あり得る。免疫の働きは、年齢・睡眠・ストレス・栄養状態などによって日々変化するため、「常に強い」わけではない。インフルエンザに「強い体質」があるとしても、それは固定された能力ではなく、状況と体調のバランスで変動するものだ。だからこそ、手洗い・換気・ワクチン接種・十分な休養といった基本的な感染対策は、誰にとっても欠かせない。「自分は強い」と慢心するよりも、「今回はたまたま運が良かった」と考える方が現実的で、安全な向き合い方だと言えるだろう。
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