立憲民主党から中道改革連合に入党せず、無所属で衆院選に臨んでいた前衆院議員の青山大人氏が2026年2月28日、Xで事務所の解散を報告した。「私がどうしても納得できなかったのが、なんで選挙の前に...」青山氏は茨城県議を経て、14年に民主党公認として茨城6区から衆院選に立候補するも落選。民進党から希望の党を経て17年の衆院選で比例当選した。その後は旧国民民主党を経て立憲民主党に所属。24年の衆院選では、小選挙区で当選していた。衆院選に備えて結党された、立憲民主党と公明党の衆院議員による新党・中道改革連合には参加しなかった。1月26日のX投稿では、「8歳と6歳の子どもに聞かれました。『パパの政党、なんで無くなっちゃうの?』その問いに、私はうまく答えられませんでした」と心境を吐露。投稿に添えた動画では、「私は仲間の挑戦を否定するわけではありませんし、政策や理念が違うわけではありません」と前置きした上で、「私がどうしても納得できなかったのが、なんで選挙の前にこのような新党を作るんだろうか」と疑問を明かしていた。「選挙のたびに、所属する党の名前が変わり、そのたびに説明を重ねてきました。それでも信じ、支えてくださった皆さんに、心から感謝しています」と述べ、「今回は、青山やまとは無所属で挑戦します」と無所属での立候補を表明していた。立憲出身の衆院議員148人のうち、無所属での立候補は青山氏のみだった。「『いざ選挙』となれば、再び集結できる体制は整いました」青山氏が出馬した茨城6区では、自民党の国光文乃氏が10万7388票を獲得し当選。次点となった青山氏は10万4844票と、僅差での敗北となった。選挙後2月8日のX投稿では「正直に言います。悔しいです。あと一歩、本当にあと一歩でした」と率直な思いを明かしたうえで、「それでも、この厳しい選挙を一緒に闘ってくれた104,844人の皆さんがいたことを、私は一生忘れません」と感謝をつづっていた。「無所属という選択を信じ、声をかけ、動き、広げてくれたこと。そのすべてが、私の原動力でした」2月28日の投稿では、「【ご報告】本日をもって、青山大人事務所は一旦、解散いたします。昨日は、解散式を行いました」として、スタッフらとの写真を公開した。「思い返せば、この事務所には、本気で政治に向き合う将来有望な若手人材がたくさん集まってくれました。悔しさも、喜びも、寝る間を惜しんで語り合った日々も。すべてが、かけがえのない時間です」とこれまでの日々を振り返り、「正直、別れるのは寂しいですが、それぞれ新たな職場も決まりました」と報告した。「『いざ選挙』となれば、再び集結できる体制は整いました」と、今後の活動継続を示唆している。ちなみに、「写真は男性ばかりですが、この場にいない女性スタッフ2名も含め、本当に最高のチームでした。これまで本当にありがとうございました」と感謝を述べ、「次は、もっと強くなって戻ります」と決意を記した。
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