全日空(ANA)は2026年3月2日、社長交代会見を開き、4月1日付で社長に就任する平沢寿一副社長が意気込みを語った。ANAが国際線定期便の運航を始めたのは1986年3月3日で、平沢氏は直後の4月に入社。国際線を成長の柱と位置付ける一方で、採算が悪化する国内線は「事業改革は急務だ」だと指摘した。平沢氏は、飛行機好きに加えて「子どもの頃から鉄道の大ファン」だという。「乗り鉄」を通じて全国の魅力ある地域を肌で感じたといい、「地域創生にも力を入れていきたい」と話した。旅を通じて「日本には魅力ある地域が数多くあることを肌で感じてきた」平沢氏は伊丹空港でのグランドハンドリング統括業務、成田空港のチェックインや搭乗ゲート業務など現場仕事を10年経験。その後は事業戦略畑を歩み、18年に執行役員。25年にANAと親会社のANAホールディングス(HD)の副社長に就任した。国内線事業については「近年の環境変化に伴い課題を抱えている」と指摘。空港のグランドハンドリング業務について他の航空会社と協力を進めるほか、国交省の有識者会議での議論を踏まえて「国内線ネットワークを持続可能な形へ立て直していく」とした。記者の質問に答える形で「国内線の事業改革は急務だ。特に今の費用構造の中で、なかなか収入がそこに追いつかないというのは事実」とも話した。冒頭発言の自己紹介では、自分が「鉄道ファン」だと明かした。「私は飛行機が大好きです。しかしもう1つは、子どもの頃から鉄道の大ファンでもございます」この経験を地域創生や他の交通機関との連携にも生かしていきたい考えだ。「日本各地の駅に降り立ち、その土地をめぐる旅を通じて、日本には魅力ある地域が数多くあることを肌で感じてきた。地域創生にも力を入れていきたいと考えている。様々な交通機関や地域の皆様と一緒に汗をかいてまいりたい」ロンドン出張では「ヒースロー・エクスプレス」どのジャンルの鉄道ファンかを問われると。「非常に...乗り鉄と言えば乗り鉄だと思う」。ANA入社前には、当時の国鉄を「完乗」したことも明かした。「高校大学ぐらいの時には旧国鉄の路線を全路線乗るというようなことをした。一般の方よりは鉄道にも詳しいのではないかと思う」2週間ほど前にロンドンに出張した際も、空港から市街地への移動は車ではなく、あえて鉄道の「ヒースロー・エクスプレス」と地下鉄を選んだという。分厚い時刻表も愛読し、その中の航空路線の時刻表も読んで「飛行機の機種や路線に、会社に入る前から興味を持っていたのは事実」とも明かした。今後の取り組みについては、「鉄道だけではなく、他の交通機関と我々航空会社は連携しなければいけない。そしてお客様のご移動が円滑に進むように、いろいろな形を作っていくということが我々の使命だと思う」としている。現在の井上慎一社長は4月1日付でANAHDの特別顧問に就任する。井上氏は、コロナ禍が厳しい状況だった22年に社長に就任。当時は「まさに絶体絶命の淵に立たされていた」が、4年を経て「おかげ様でANAは再び戻ってまいりました」とあいさつし、「ANA社員はコロナ禍の修羅場で鍛えられ、チーム力をこれまで以上に力強く進化させ、世界へ向けて飛躍する準備を整えることができた」「一層そのポテンシャルに磨きがかかり、チームANAの鍛えた翼は、より強くなった」などと話した。(J-CASTニュース編集委員兼副編集長工藤博司)
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