マスコミが称した「カリスマ経営者」はニデック永守氏のほかにも 激烈リーダーシップは時代遅れになったか

   「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」。強烈なリーダーシップでニデック(旧・日本電産)を世界的なモーターメーカーに引き上げ、カリスマ経営者と称された永守重信氏。

   2025年に発覚した不適切会計をきっかけに名誉会長に退いていたが、2026年2月26日、ついにその職も辞任することを発表した。

  • 日本電産時代の永守重信氏(写真:ロイター/アフロ)
    日本電産時代の永守重信氏(写真:ロイター/アフロ)
  • 日本マクドナルド時代の原田泳幸氏(写真:アフロ)
    日本マクドナルド時代の原田泳幸氏(写真:アフロ)
  • 日本電産時代の永守重信氏(写真:ロイター/アフロ)
  • 日本マクドナルド時代の原田泳幸氏(写真:アフロ)

デフレ時代にコスト競争力で戦った永守氏

   1973年に永守氏が京都で創業した日本電産は、小さなモーターメーカーから出発し、HDD用モーターなどで世界的なシェアを持つ企業へと成長を遂げた。

   日本の製造業の成功事例とも言われる同社の歩みには、企業買収を重ねながら事業領域を広げてきた歴史がある。

   そしてそれは、経営者個人の力量だけでなく、日本経済の環境も影響していた。

   バブル崩壊後、長いデフレの時代に入った日本において、企業は付加価値の創出と同時に、コスト面での競争力が求められるようになった。

   永守氏の経営は、その環境に非常によく適合していた。

   仕入れ価格の見直しや生産効率の徹底的な改善、価格競争力を武器とした受注拡大などの取り組みは、デフレ期の製造業において大きな競争力を生み出した。

   一方で、電気自動車(EV)向けモーター事業の展開をめぐる議論や、企業統治のあり方、人材の流動性など、永守氏の強力なリーダーシップだけでは収まらない状況が生まれつつあった。

徹底的なコストカットを行った「プロ経営者」

   永守氏同様、デフレ時代にその手腕を発揮したカリスマ経営者として思い起こされるのが、原田泳幸氏だ。

   アップルコンピュータ日本法人の社長を経て日本マクドナルドのトップに就任した原田氏は、「プロ経営者」として広く知られるようになった。

   外部から招かれた経営者が企業改革を進めるというアングルは、当時の日本では珍しく、多くのメディアで注目された。

   原田氏は直営店の整理など、コスト構造の見直しや価格戦略の変更などを進め、一時は業績が回復した。その結果、外部人材による企業改革例として紹介されることも多かった。

   ただその後、経営の合理化戦略や、現場のサービス力の低下などをめぐって議論が生じ、経営は難しい局面を迎え、社長職を降りた。

   原田氏はその後、日本マクドナルドの会長職を兼任しながら、ベネッセホールディングスのトップにも就任したが、直後に発覚した個人情報流出事件に直面するなど、不運も続いた。

もはやカリスマ経営者は生まれない?

   かつてカリスマ経営者は、社会に新たな波が起こったときに登場した。

   なぜなら、まだ世間が理解しきれていないイノベーションを起こした企業の成功をマスコミが伝えようとするときに、経営者個人の物語として語ったほうが広く理解しやすいからだ。

   たとえば、2000年代に訪れたIT分野のカリスマ経営者たち、ソフトバンクの孫正義氏、楽天の三木谷浩史氏、そして旧ライブドアの堀江貴文氏らもそれにあたる。

   物議を醸す大胆な投資戦略を続ける孫氏、後発でモバイル事業に乗り込んだ三木谷氏はともに、現在も大企業の経営者として存在感を保っているが、ライブドアを率いた堀江氏は、現在もメディアの中で発言力を持つ人物ではあるが、カリスマ経営者という立場とは異なる位置にいる。

   しかし現代は、カリスマ経営者が登場しづらい時代となりつつある。

   コーポレート・ガバナンス、持続的成長、組織の透明性などが以前より重視されるようになり、企業の成果を一人の経営者の個性だけで説明することが難しくなっているからだ。

   こうした変化は、カリスマ経営者という存在そのものが、時代の要請から外れつつあることを示しているのかもしれない。

   果たして、かつてのような強力なリーダーシップを持ったカリスマ経営者は現れるのだろうか。

   ニデックの永守氏は会長退任にあたり、以下のような言葉を残している。

「我が愛するニデックに栄光あれ」
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