テレビ朝日系『耳の穴かっぽじって聞け!』の2026年2月23日放送で、フットボールアワーの岩尾望さんが、ネタ番組のコンプライアンスチェックに対して怒る一幕があった。「ほんまにやってられへんなって」具体例として挙げたのが、「木のスプーン」というネタだ。スプーンを使ったネタを番組に提出したところ、コンプラ部門から返ってきたのは「木のスプーンは伝統工芸品として扱われており、生産されているものなので、それをネタにすることはできません」という却下だったという。岩尾さんはこの却下理由に対し、「伝統工芸品をバカになんかいっさいしてない。『木のスプーンってどうなん?ああなん?』って言うことを言ってるだけ」と反発し、「それを見て『伝統工芸品のことをバカにしてる』って言うやつは皆無だと思う」と述べている。さらに岩尾さんは「ネタを見てネットでいちゃもんを書き込んでくるヤツより、タチが悪い。コンプラ部は。ほんまにやってられへんなって」と吐露し、「ネタ番組やめろや!って思ってしまうぐらい」と怒りは止まらない。「なんとなくダメだろう」という主観だけで判断?岩尾さんの不満は、現在のテレビ業界の病を的確に指摘しているといえるかもしれない。スプーンという素材を使ったコメディが、どの点で伝統工芸品の尊厳を傷つけるのか、その判断基準が不明確なままで却下されたということだ。つまり「心の尺度」で「なんとなくダメだろう」という主観だけで判断しているという実態である。テレビ界は発言や映像のキリトリに対する炎上を恐れるあまり、根拠のない却下を繰り返し、過度な「予防線」を張るようになった。視聴者の苦情に対応するのではなく、「伝統工芸品だから」「女性に失礼だから」「誰かが言うかもしれない」という推測で先回りしてチェックを厳しくする「倫理のモグラたたき」状態だ。結果、制作現場は萎縮し、芸人たちは何ができるのか分からない状態に陥っている。その指摘は放送倫理に基づくものではなく、ネットに書き込むユーザーと同等、もしくはそれを上回るいちゃもんといえるか。およそ本来のコンプライアンスの目的から逸脱している。最も危険なのは、この曖昧な基準の拡大再生産である。「今だったらアウト」という判断が5年後、10年後にどこまで厳しくなるのか。テレビ番組全体の表現力が確実に低下し、結果的にテレビへの信頼を自分たちで奪っている。深夜や早朝の放送休止時間、または事故発生時の緊急つなぎとして流される、自然の風景などの映像の総称を「環境映像」、または「フィラー」という。過度なコンプラチェックで萎縮させられた「安全性を優先した、何の感情も呼び起こさないように無難に作られたコンテンツ」は、まさにそれと同じなのである。(川瀬孝雄)
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