「タカイチサナエ」という快楽をもたらす記号だった?
全て「二分法」です。演説もこれに合わせて作る。実際の高市早苗という政治家がどういう政治家なのかは関係ありません。国民は高市早苗という政治家をリーダーとして選んだのではなく、「タカイチサナエ」という快楽をもたらす記号を消費したのだと思います。高市首相は自らを「消費される記号」としての役割を自覚しているからこそ、徹底して国会での論戦から逃げようとしているのでしょう。
これは「マーケティング」の手法です。アメリカでもヨーロッパでも起きています。 私が1年半前に政治改革特別委員会の調査団として、ヨーロッパを訪問した時にはすでに、インターネットとともにポピュリズムが進展して、「民主主義よりも権威主義の方が合理的」という時代がくるんじゃないか。そういう恐れをイギリスや英国の政治関係者は持っていました。