選んでいるのは、果たしてその人の意思なのか
今までは自立した個人が、自分の価値観に基づいて判断するという前提に立って民主政治が成り立っていた。メディアもこれを前提に、判断の材料になるような情報を提供してきた。でも、そうじゃなくなった。自分の志向に沿ったコンテンツが、次から次へと、ネット上で、提供されてくる。それに基づいて、だれに投票したらいい、ということも、示される。選んでいるのは、果たしてその人の意思なのか。インターネットの情報に基づいて作られた「個人の意思」を、集めることが、果たして社会にとって何の意味があるのか。
そう考えた時に、「民主主義」そのものを疑わなくてはならないのではないか。それで「国民の意思」が決まるんだったら、何のために選挙をやるのか。別に「くじ引き」であってもいいはずなんです。そう、思い当たった。
私はこれまで、「党より人物」という言葉を掲げて、「一人の人間を見てほしい」と言ってきました。ネット上の「記号化された情報」ではなくて、「なんかやってくれそうだ」とか、「この人は、国のことを考えている」という直感とか、そういうものが大事だと思うからです。