名古屋・栄を拠点にするアイドルグループ、SKE48のメンバーだった藤本冬香(ふゆか)さん(28)は、グループ卒業のわずか2日後に故郷・広島にUターンし、ローカルタレントとして活動している。2026年4月には、カープ戦の始球式という夢もかなえた。
SKE48時代は必ずしも「推されていた」とは言えない藤本さん。それでも熱心なファンがマネジャーのように藤本さんを放送局にメールで売り込み、活躍の場を広げてきた。5月18日には、初の写真集「無防備な私」(KADOKAWA)を発売。アイドルがグループ卒業後にファースト写真集を出すのは珍しい。藤本さんに今後の活動の展望について聞いた。(聞き手・構成:J-CASTニュース編集委員 兼 副編集長 工藤博司)
飛行機が怖くて大号泣→同僚慌てさせたSKE48時代
―― 写真集は出せると思っていましたか。
藤本: 出せたらいいなとは思っていましたが、無理だろうなと思っていたので、卒業後にオファーをいただいて驚きました。
―― 初の写真集のタイトルは「無防備な私」。収録されたカットからは「無防備」な印象のものも多いですね。そういった意味も込められていますか。
藤本: もちろん、そうです。アイドル時代もグラビアの経験はありますが、最後の1年間に3~4回ほどで、オファーはほとんどありませんでした。どちらかと言えば「かわいい」というイメージで、写真集を出すようなセクシーなイメージではなくて......。そういう意味でも、あえて大人っぽいカットを見せることで、これまでとの違い、「無防備感」を出せるように頑張りました。
―― ロケは人生初の海外旅行でタイのクラビへ。以前は飛行機に乗ることすら怖かったそうですね。
藤本: SKE48在籍中に札幌でライブがあり、名古屋から飛行機で行くことになったのですが、高所恐怖症なので飛行機も苦手で、行きの飛行機で大号泣して「大丈夫?」とメンバーを慌てさせてしまったことがありました。なので、まず飛行機に乗れるかという心配があったのですが、ワクワクが勝ちました。これで飛行機は克服したので、逆に今は海外欲がすごいです。どんどん行きたいです!
写真集では異例、撮影前の3か月で3キロ増量
―― 初の海外旅行、現地の印象はいかがでしたか。
藤本: とにかく人が優しかったです。日本人は、「かわいいお洋服着てるな」と思っても声をかけたりしないと思いますが、現地では撮影中もそうでないときも、すれ違った人から「あなたかわいい」「素敵」と、言っていただきました。日本だと「そんなことありませんよ」と言いがちですが、タイ語で言い方が分からないのもあり、素直に「Thank you」。認め合う文化は素敵ですし、自己肯定感も上がりました。
―― 写真集を撮る前に「ダイエット頑張りました」という人が多いのですが、逆に3キロ増やしたそうですね?
藤本: SKE48は運動量がすごいので、すごく体重が減ってしまっていました。卒業してすぐのお話だったので(25年9月末にグループを卒業し、12月中旬に4泊5日で撮影)、「これは体重を増やさなきゃ」。いつも1日1食とかだったのですが、3食に戻して、その合間にお餅をいっぱい食べる生活をしていました。
―― SKE48の人は激しいダンスをしているはずですが、そんなに食べないものなのですが。
藤本: 「家に帰ってすぐご飯食べる」「お腹空いてると寝れない」といったメンバーもいましたが、私は疲れると食事より睡眠が勝ってしまいます(笑)。それで体重が減っちゃいました。
―― 卒業から3か月ほどで3キロ増やしたことになります。写真集には健康的なカットが多かったように感じましたが、「お勧めの1枚」を教えてください。
藤本: 見開きになっている黒のランジェリーカットです。あえて大人っぽく、表情も一切笑わないようにしているので、アイドル時代の印象がある人は驚くと思います。
―― 別のインタビューでは、「エメラルドグリーンのランジェリー」を挙げていました。
藤本: このカットもお気に入りで、裏表紙に選びました。少し雨が降ったり止んだりで、晴れ間を狙って撮ったことが思い出に残っています。エメラルドグリーンは「パレオはエメラルド」(11年発売)の衣装の色でもありますが、23年に「リメイク選抜」企画が行われた際、オーディションでセンターに選んでいただいたこともあり、その意味でも好きなカットです。
―― 「降ったり止んだり」とのことでした。ロケ全般、天気には恵まれましたか。
藤本: カンカン照りでもなく土砂降りでもなく......。夕日のカットは、薄曇りの中で雲と雲の切れ間を狙って「今だ!」と撮る、といった感じでした。「ギリギリ耐えた」という感じでしたね。
名古屋でカープ応援するのは「なかなか大変な部分も」
―― SKE48時代は(1)SKE48の選抜メンバーに入ること(2)地元広島で仕事すること(3)広島カープの応援歌「それ行けカープ」リレー映像に出ること(4)マツダスタジアムで始球式をすることの「4つの夢」を掲げて活動し、在籍中に3つ、始球式も卒業後の4月3日に実現しました。夢をかなえたことで知名度が上がったと思いますが、卒業からの半年で、環境はどのように変わりましたか。スケジュールの自由度は増しましたか。卒業してからすぐに広島にUターンしたそうですね。
藤本: 2日後に帰りました......!SKE48時代は急に入ってくるグループとしての仕事に備えて、常にスケジュールを空けておく必要があり、美容院や病院の予約が事前に取れない生活でした。前日になって電話で確認して空いていたら行ける......といった具合だったのですが、今は個人の裁量なので、「この日は無理です」と言えばお仕事を入れないこともできます。スケジュールは組みやすくなりました。
―― 広島に帰ったことで、カープを応援しやすくなったのではありませんか。名古屋で中日ドラゴンズ以外を応援するのは大変だったでしょう。
藤本: まあ、まあ、そうですね......。SKE48 はドラゴンズの公式応援大使を務めているので、関連のお仕事もたくさんあったのですが、私は全部お断りしていました。一人で広島ファンをやっていたので、なかなか大変な部分もありました。今はそれが全くなくなったので、全然違いますね。
―― 自信を持って応援できるわけですね......!3月にはレギュラー番組「ふゆっぴの今夜もウイニングカープ」(RCCラジオ)が始まり、4月には始球式。大きな仕事が続きました。
藤本: 始球式は念願だったので、すごくうれしかったです。人生で一番緊張しました。しかも誕生日という素敵なタイミングだったので、一生忘れないと思います。
―― 読売新聞の正月企画として掲載された、横田美香知事との対談も大きな仕事です。
藤本: 知事も広島にUターンされたとのことで、「分かりますよね......!」みたいな感じでお話しさせていただきました。路面電車が広島駅ビルに乗り入れるようになっていて驚いた話などで盛り上がりました(笑)。
すでに「4つの夢」実現、ローカルタレントとして地盤固める
―― 今後は広島に根付いたタレントとして活躍を目指すということですね。
藤本: 野球関連のお仕事以外にも、広島の行政関連の企画がいくつか予定されています。それ以外にも広島を発信するようなお仕事が増えてくると思っています。
―― すでに「4つの夢」は実現できたわけですが、今後は何を目標にしますか。
藤本: カープと同じぐらい地元広島が大好きなので、広島県人を代表して「秘密のケンミンSHOW 極」(読売テレビ、日本テレビ系)に出て広島をアピールしたいです......! 広島県は47都道府県で人が一番出ていく県で、若者が多く出ていくことも課題になっています(編注:住民基本台帳に基づく2025年の人口移動報告によると、転出者数が転入者数を上回る「転出超過」数は、国内移動に限ると、広島県が9921人。5年連続で全国最多だった)。なので「ケンミンSHOW」に出て、若い人もたくさん呼び込めるような人になりたいです。
―― ファンが増えれば広島を出ていくことを思いとどまる人増えるかもしれません......!写真集に収録されたエッセーに「ファンマネ」という言葉がありました。ファンがマネジャーのように売り込んでくれる、という意味でしょうか。
藤本: そうなんですよ......! SKE48にはメンバーが何十人もいるので、マネジャーさんも一人一人売り出すには手が回らない状況でした。私は、言葉を選ばずに言うと「推されている」メンバーではなかったので、ファンの人を味方につけるしかないと思って、ファンの人に「とにかく頑張って動いてください」とお願いしました。SKE48在籍中に広島のテレビ・ラジオの番組にいろいろ出演させていただきましたが、全部ファンの人が番組にお便りを送ってくれたおかげです。1回も出たことがないラジオ番組に急に呼んでいただいて驚いたのですが、局の方によると「藤本さんのファンの方から『ぜひ出してください』と番組にお便りが来ていました」。これはもう「ファン+マネジャー」だと思いました。
―― 卒業後もイベント情報を拡散したり、いろいろな働きかけをしているファンの方は、結構いらっしゃるものですか。
藤本: いらっしゃいますし、番組にもたくさんお便りをくださいます。私の出ていない番組にお便りを送ったり、売り込んでくれている人もいます。
―― なるほど、こういった働きかけもあって、ローカルタレントとしての地盤が少しずつ固まってきているわけですね。
藤本: じょじょに......、ですけどね。頑張ります!
藤本冬香さん プロフィール
ふじもと・ふゆか 1998年生まれ、広島県出身。2018年に9期生としてSKE48に加入。33枚目のシングル「告白心拍数」(24年発売)で、全員選抜曲以外では初の選抜入りを果たす。25年9月にSKE48を卒業。地元・広島にUターンし、タレントとして活動している。大のカープファンで、26年3月にはレギュラー番組「ふゆっぴの今夜もウイニングカープ」(RCCラジオ)も始まった。