河野洋平元衆院議長の死去を受け、近隣諸国が追悼メッセージを公開している。
1993年の「河野談話」発出を評価
河野氏は、自社さきがけ連立政権の副総理や、野党時代の自民党総裁などの要職を歴任。自民党ハト派の代表としても知られ、宮沢喜一内閣で官房長官を務めていた1993年には、慰安婦問題をめぐる「お詫びと反省」を明らかにした「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話(河野談話)」を発表した。2009年に議員を引退して以降も、中国を訪問するなど精力的に活動を続けていた。
長男で自民党の河野太郎元外相は26年6月11日、Xで「父、河野洋平が月曜日に亡くなりました」と報告した。複数報道によると、洋平氏は8日に89歳で死去したという。
中国外務省は同日、Xを更新し「われわれは河野洋平氏のご逝去に心からの哀悼の意を表し、ご遺族に心よりお悔やみ申し上げます」と追悼した。
「河野氏は中国人民の古い友人です」とした上で、「正しい歴史観を堅持し、1993年に日本の内閣官房長官として慰安婦問題に関する公式談話を発表し、日本政府の責任を認め、反省と謝罪を表明しました。その影響力は今日に至るまで続いています」と評価した。
河野氏を「日本の平和憲法を守る象徴的人物」と位置付け、「彼は生涯を通じて中日友好に尽力し、数十回にわたって中国を訪問し、両国関係の発展と交流・協力の推進に重要な貢献をしてきました」とした。
また、「臨終の床にあっても中日関係を気に懸け、涙ながらに最後の中国訪問を実現したいと語りました。残念ながら、病状の悪化により河野先生のこの願いはかないませんでした」と故人をしのんだ。
緊張状態が続いている日中関係を引き合いに、「河野氏はかつて、日中が国交を正常化した際の衝撃と喜びは生涯忘れられないと述べ、過去の歴史は忘却されるべきではなく、当時の心情は継承され、守るべき約束は堅持されなければならないと語りました。現在の情勢下で、これらの言葉はより現実的な重みを持っています」ともつづっている。