〔 音とデザイン 第2回 〕

小説の構成は音楽的
コンセプター坂井直樹さん×小説家平野啓一郎さん

小説の未来――電子書籍は? オーディオブックは?

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坂井:いまの話を聞くと、マーケターの視点でも自分の小説をとらえているんだと思います。それに関連して、ちょっと話題にしたいんだけれど。僕は最近、中国でビジネスを進めようとしています。驚くのはSNSの影響力。中国では口コミが重視されていて、カギを握るのがSNSで人気のキーオピニオンリーダー(KOL)という存在ですが、彼らは一種のメディアです。影響力を持つ彼らに対して企業が働きかけ、彼らをフォローしているファンに向けたダイレクトなチャネル(D to C)を活用しています。

平野:たしかに、中国のSNSの影響力は驚くばかりです。僕の小説も中国で何冊か翻訳版が出版されていて、昨年3月には『マチネの終わりに』も発売しました。そんな縁もあって昨年8月、上海のブックフェアに呼ばれたんです。その時に、蒋方舟(ショウ・ホウシュウ)さんという中国の若い女性作家が『マチネの終わりに』を気に入ってくれて、対談をしました。

坂井:幅広く活躍されていますね。

平野:それで、彼女のウェイボーのフォロワーがなんと800万人を超えているんで、驚きましたね。日本でツイッターのフォロワー数が最も多い人でも、700万人を超えるくらいだと思います。もちろん彼女が中国で最多のフォロワー数を抱えているわけではなく、1000万人単位のフォロワーを抱える人がごろごろいる! だから、出版する時も新聞やテレビではなく、ネットを軸に広告予算を使うみたいです。

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坂井:SNSの発達もそうだし、スマートフォンからインターネットにいつでも接続できる環境が整ったことで、社会は大きく変わってきました。本を読む手段も、電子書籍を選べるようになった。僕は自宅では紙の本を、外出先で時間ができた時は電子書籍から続きを読めるようにと、両方を購入する機会が増えました。小説の未来も変わっていくと思いますか?

平野:しばらくは同じ状況が続くのではないでしょうか。日本で電子本が出たてのころは映像をつけたり、音楽を流したりといった挑戦もありましたが、あまり成功しませんでした。というのは、人によって読むスピードが違うし、音楽の尺の長さと小説の中の時間の流れが違うから、小説に音楽をあわせることがすごく難しいんです。

坂井:オーディオブックはどうですか? 平野さんの作品も『マチネの終わりに』『ある男』はオーディオブック版も出ている。ただ、朗読する人の技量や、その声自体がユーザーに合う、合わないということが起きるかもしれません。

平野:おっしゃる通りです。やっぱり文字の本で読むと、想像力が広がりますから。それとオーディオブックは、1人の人がずっと読むか、配役をあててラジオドラマのようにするかで、また違った印象になります。『マチネの終わりに』ではそれぞれの登場人物がいて朗読劇的にしました。『ある男』も登場人物ごとにキャストが変わりますが、どちらかといえば全編を通した「語り手」の存在感が際立っています。僕も実はこっそりゲスト参加しているのですが(笑)。どちらの手法がよいかまだ揺れていて、発展途上だと感じます。でも、本ってもともと、「ながら読み」をしたいというニーズがあるじゃないですか。だから、作業しながら聞いていられるオーディオブックは将来性があるかもしれません。

audiobook.jpより
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坂井:ラジオもそうだけれど、移動中に聞きたい人もいるだろうし。ハンズフリーで聴いていられるのはやっぱり便利ですね。

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