〔 音とデザイン 第2回 〕

小説の構成は音楽的
コンセプター坂井直樹さん×小説家平野啓一郎さん

いま世の中で何が起きているのか、何を問うべきか

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坂井:そろそろ座談会を締めくくっていかなければならないのですが、最後に平野さんのこれからについて。平野さんは地道なペースで著作を重ねていく作家だと思うけれど、次の構想は絶えず考えているものなの? スランプってないですか?

平野:うーん。書くことがなくて困ることはないですね。最初に話したように、アイデアは常に転がしているので。どちらかといえば、いま何を書くべきか――それをどう選んでいくかはけっこう重要です。僕は1冊の小説を、準備して、書いて、出版するまでに、3年に1作くらいのペースがいいと思っています。で、3年に1作ということは、僕は今年で45歳だから......10作書こうとしたら30年かかる。75歳。仮にその辺までをキャリアだと逆算して考えると、あと10作しか書けない。それならば、思いついたものを何でも書くことはできないな、と。

坂井:そんなふうに考えているんですね。

平野:書くべきものを選ぶには、いま何が起きているのか、何を問うべきか――それを意識しています。自分として書きたいこともあるけれど、やはり世の中と無縁ではいられない。たとえば、『マチネの終わりに』は5年ほど前に新聞で連載していましたが、当時は僕も含めて「みんな疲れているな」と感じていて。そんな世の中のいまをとらえて、本を読んでいる間くらいは日常のわずらわしさから解放されるような、美しい愛と音楽の物語を書きたかったんです。

坂井:『マチネの終わりに』はいい小説ですよ。そして、平野さんがこれから考えていきたいテーマは?

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平野:ひとつには、地球環境の問題です。環境負荷が大きい石炭火力発電を抑制しようという動きもあるけど、ほかにも欧米では個人が食肉消費量を減らしたり、飛行機に乗らなかったりという話も出てきていて。すると、個人の自由と公共性の範囲とが、これまでと違った形で話が組み変えられてしまうのではないか。きちんと考えなければいけないと思っています。それに関連するところでは、中国の信用格付けのシステムみたいなのがありますよね。個人の「信用度」が数値化されるこのシステムによって、現に、航空券の購入が禁止されたりとか、色んなインフラへのアクセスが制限されている人たちがいる。しかし、生活に支障が出たら、どうなるだろう? 不満がたまれば、爆発するでしょう。これも社会全体で一度考えて、整えていかなければいけない問題だと感じています。運転免許みたいに、どこかで累積がちゃらになる期間を設けるとか。

坂井:世界の動向にも常にアンテナを張っていますね。後世に残るような大作にも期待していますよ。

平野:現代はとにかく情報量が多く、データが蓄積されていくばかり。世界中で毎年、読み切れないほどの作品が出て、絶版にもならずに累積されています。そんな変化のスピードが速い時代にあって、僕の作品も100年、200年残ってこそとまでは思いませんが、やはり長く残って読み続けてもらえたら、うれしいです。

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坂井:平野さんの話を聞いて、小説家の思考の一端が垣間見えました。小説の構成が音楽的だということや、デザイン的な考え方で小説を組み立てていくことは新鮮でした。デザインという言葉を使って小説について説明してくれたことが、すごくおもしろかった。今日は忙しい合間を縫って時間を作ってくださって、ありがとうございました。連載中の新聞小説『本心』も引き続き楽しみにしています。

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