〔 音とデザイン 第2回 〕

小説の構成は音楽的
コンセプター坂井直樹さん×小説家平野啓一郎さん

なぜ日本のヒットチャートにヒップホップが少ないのか?

坂井:音についての話が出てきたところで、今度はぜひ「音楽」の話を聞きたいです。率直な質問になるけど、ふだんどんな環境で音楽を聴くんですか?

平野:ジャンルを問わずなんでも聴くほうですが、最近はストリーミングサービスを利用して聴くことが増えました。もともとはCD派だったんですよ。自宅ではCDプレーヤー、スピーカー、アンプをあわせて、だいたい100万くらいのシステムですかね。――これは余談ですが、オーディオシステムにこだわりたいと考えていた時期もあって。でも、自宅はまあ普通のマンションで、部屋もそこまでの広さはないから、たとえば1000万かけてもあまり効果的ではないなと、その線はあきらめたんです。

坂井さんおススメの「Just ear」を真剣な面持ちで試す平野さん
坂井さんおススメの「Just ear」を真剣な面持ちで試す平野さん

坂井:平野さんは音楽が好きだから、てっきり超お金をかけているんだと思っていました(笑)。オーディオマニアはそれこそお金に糸目をつけない人たちだから(笑)、上には上がいるとして、平野さんもまあまあのクラスにいることは間違いないですね。

平野:ところが、です。そのCDプレーヤー――イギリスのLINN CLASSIK(リンクラシック)というブランドで気に入っていたんですけど、ついに最後の時を迎えてしまった......。どうしようかなと思っていたら、いまはパソコンでもDAC コンバーターを通せば、スピーカーにつなげますよね。そうだ! と思って、ずっと眠らせたままになっていたデンマークのDALI(ダリ)というブランドのスピーカーにつないでみたら、ものすごくいい音なんですよ。それ以来、もっぱらストリーミングサービスばっかり。CDを聞く機会は激減しています。

坂井:ちなみに、いま気にかけている音楽ジャンルは?

平野:あるテレビ番組の話が関係して、長くなりそうですけどいいですか(笑)?

坂井:ぜひ聞かせてください!

平野:大分前の話ですが、坂井さんの事務所におうかがいした時に、Apple TVを教えてもらいまして――、あの時、いいなと思って僕も買ったんです(笑)。それからNetflixを今のテレビでよく見るようになったんですが、いますごくはまっているのは、『ヒップホップ・エボリューション』という番組です。ヒップホップの歴史――ニューヨーク・ブロンクスで生まれたことから始まり、どういった人たちが作り上げ、時代とともにどのように変遷し進化したか、ヒップホップのレジェンドたちによるインタビューとともに構成されているんです。シーズン4くらいまであって、これがものすごくよくできている。

坂井:良質なドキュメンタリーはやっぱりおもしろいからね。

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平野:僕は『「カッコいい」とは何か』という新書でも、アメリカの「ヒップ」という概念についてジャズやロックを引き合いにして触れましたが、その時もヒップホップの日本での受容にちょっと興味を持ってたんです。というのも、それまで日本人はロックやジャズをかなりリアルタイムで吸収して、自分たちなりの音楽にしていったのに、1980年代以降のヒップホップの受容は、なぜか、あんまりうまくいかなかったのではないか。世界的にはヒットチャートのほとんどがヒップホップやR&Bが席捲しているのに、日本ではアイドル、あるいはロックバンドの楽曲ばかり。それはなぜか、と思っていたんです。

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「カッコいい」とは何か (講談社現代新書)

坂井:この本で平野さんは、20世紀後半は「カッコいい」という価値観が席捲したことをわかりやすく整理してくれているので、ぜひ読みましょう(笑)。それはさておき、その時から、ヒップホップに関心を持ち直したんだ。

平野:元々、手当たり次第には聴いてたんですけど、とにかく広大な世界なので、全体像がよくわからなかったんですよね。それで番組を見始めたら、やめられなくなってしまって(笑)。見ながら思ったのは、ロックはもとをたどると、労働者階級育ちの若者たちが主体で発展していったから、心情的に日本人も理解できることが多かったと思うんです。ところが、ヒップホップは――Gang Starr(ギャング・スター)のラップがまさにそうだけど、歌の世界が日本と遠すぎて実感を持てなかったんじゃないか。あとは、日本語と英語との距離の問題がロック以上に大きかったというのもありますが。個人的には音楽としてファンクなどと連続性を感じるものが好きで、結局は2Pac(トゥーパック)とかJay-Z(ジェイ・Z)とかメジャーなものを聴いて、カッコいいなと思うんですけど。

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