2018年 6月 24日 (日)

【IEEIだより】福島レポート フツーの人には響かぬ「事実」の情報 それは提供者のおごりが原因だ(越智小枝)

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   「福島で働いている」という自己紹介すると、必ずといっていいほど言われる言葉があります。

「結局国っていろいろ隠してるんでしょ」
「それで、『本当のところ』はどうなの」

   現場には、国が隠している「本当のこと」が存在するに違いない。信じがたいことかもしれませんが、このような感覚は、政府や行政の関係者が身近にいないような、一般的な人々のあいだには、広く蔓延している感覚なのです。

   参考リンク:風評払しょくの落とし穴(3):公開という名の「隠蔽」

  • 一般の人には「本当のところはどうなの?」という感覚がある
    一般の人には「本当のところはどうなの?」という感覚がある

科学的事実と科学情報 科学用語では説明がつかないことがある

    しかし、福島県内にかかわらず、事実を積極的に隠蔽している、というような方はいないのではないでしょうか。実際にいろいろな情報について行政関係者に質問をすれば、ほぼ必ず、

「それは〇〇に情報を公開していますよ」

という回答が速やかに返ってきます。

   たしかに公的機関のホームページを丁寧に読めば、福島の放射線量や福島第一原発の現状につき、詳細な情報が示されています。しかし、このような回答は人々の信頼を回復させるよりは、むしろ苛立たせることのほうが多いように思います。それは、「知らないのはあなたの勉強不足」と責任を転嫁されたような気分になるからなのではないかと思います。 情報に対して、理解というフィルターを通す個人の責任は明らかに存在します。しかし一方で、その理解の責任を読者に丸投げするような、情報提供のあり方もまた、風評被害の責任の一端を担っているのではないでしょうか――。

   2011年の原発事故当初にしばしば見られた誤解は、科学的な事実を述べれば科学情報を発信していることになる、というものではないでしょうか。

   事実と情報は異なります。事実は基本的に記録を目的としますが、情報は伝えることが目的だからです。言い換えれば、専門家の左脳ではなく、情報は人々の心に届くものでなくてはいけないと思います。

   私自身、福島で甲状腺がんの話をした時に、

「現在の甲状腺がんがスクリーニング効果だというのなら、現在100名以上もの子供が甲状腺がんと診断されていることをどう説明するのだ」

という質問を何度か受けたことがあります。

   初めのうちは、スクリーニング効果だから100名以上も見つかった、という説明をしているのに、なぜそれが伝わらないのだろう、と不思議に思いました。しかし、同じような質問を別々の場所で何度も受けるうちに、その原因が科学リテラシーという一言で片づけてはいけないものではないか、と考えるようになりました。

   「100名以上」という数値を聞けば、人は反射的に「多い」と感じます。一方で、「スクリーニング効果」という用語にはそのような色がありません。そう考えれば、「100名以上」という衝撃的な数値を、「スクリーニング効果」という温度の低い科学用語で説明することは、現在苦しんでいる100人もの方に寄り添っていない、という印象を与え得るのではないでしょうか。

   数値や事実は、たとえ同じことを示していたとしても、受け取る者にとって必ずしも等価の情報ではありません。衝撃を伴う数値はその衝撃のままに伝えなければ、情報としての力は弱くなります。自省も込めて言うならば、科学に慣れすぎた人間は、この数値のもたらす衝撃や情緒に対してしばしば鈍感になってしまいがちなのかもしれません。

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