2019年 10月 18日 (金)

野茂投手もイチロー選手も彼らなしでは大リーガーになれなかった 「代理人」という仕事(気になるビジネス本)

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「代理人だからこそ書ける日米プロ野球の契約の謎」』(長谷川嘉宣著)ポプラ社

   メジャーリーグ、シアトル・マリナーズのイチロー選手が引退した。俊足巧打で量産したヒットは通算4257本。外野からホームベース上でのクロスプレイを演出したレーザービーム。その一挙手一投足が注目され、惜しまれつつも日米28年間の選手生活を終えた。

   プロ野球をめぐる平成回顧で、大きな流れをつくったとすれば、それは米大リーグへの挑戦だろう。きっかけをつくったのは、平成7(1995年)にロサンゼルス・ドジャーズに入団した野茂英雄投手といっていだろう。イチロー選手しかり、その舞台裏で重要な役割を果たしているのが「代理人」だ。

  • イチローが所属したマリナーズの本拠地、セーフコ・フィールド(現T-モバイル・パーク)
    イチローが所属したマリナーズの本拠地、セーフコ・フィールド(現T-モバイル・パーク)

50球団に手紙を送る熱意と行動力

   長谷川嘉宣さんは、数少ない日本人代理人の一人。米大手マネジメント会社、オクタゴンの野球部門環太平洋部長を務め、メジャーリーグで代理人として必要は選手会公認を得たエージェントだ。

   学生時代にバスケットボールプレーヤーだった長谷川さんは、米NBAのファンで、なかでもスーパースター、マイケル・ジョーダン選手に憧れていた。当時全盛だったジョーダン選手のプレーを生で見たいと、米国へ観戦旅行に出かけたほど。「NBAの試合を見て、スポーツがすでにエンターテインメントとして根付いていた米国文化にふれ、自分もこんな華やかなスポーツの世界で働きたいと思った」。

   そして、留学。スポーツ経営学科系で最も歴史があるとされるオハイオ大学スポーツアドミニストレーション学科の大学院で学ぶことを決めた。2000年に同志社大学を卒業。その年の6月に渡米して英語学校に入学。9月からは併せて大学院の授業が始まった。

   1年ほどして、スポーツビジネスの現場で働けるインターンの職を探した。メジャーリーグで日本人選手の活躍が目立ってきていることから、NBAではなく野球界に狙いを切り替え、マイナーリーグを含めて50もの球団に志望動機をつづった手紙を出した。

   そして、マイナー3Aの2球団から反応があり、そのうちの一つ、カージナルス傘下のメンフィス・レッドバーズと面接の運びに。まだまだ英語がつたなかったものの、熱意が認められたようで採用となり、実務の第一歩を踏み出した。

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