会社で朝礼があり、毎日何かを話さなければならない役職者にとって、ネタ探しは大変だろう。そんな人のために、5月は「朝礼のネタ本」を随時紹介していきたい。世界は良くなっているのか? 悪くなっているのか? コロナ禍で日々の暮らし向きが苦しい今こそ、冷静な判断が求められている。本書「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」の副題は、「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」。100万部を突破し、2020年上半期のベストセラー1位になった本だ。環境、貧困、人口、エネルギー、医療、教育などの分野について、本当の教養を教えてくれる。「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」(ハンス・ロスリングほか著)日経BP社高学歴の人でも間違うのは10の本能のせいクイズ形式で始まるので、朝礼でもいくつかの質問を本書から出すといいだろう。たとえば、こんな質問だ。質問 世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年でどう変わったでしょう? A 約2倍になった B あまり変わっていない C半分になった 答えはC。世界の人口のうち、極度の貧困層の割合はここ20年で半減した。正解率は平均で7%だそうだ。日本の正解率は10%、アメリカは5%。著者のハンス・ロスリングはスウェーデンの医師で、息子とその妻が共著者になっている。タイム誌が選ぶ世界で最も影響力の大きな100人に選ばれた。2017年に他界したが、人生最後の年は本書の執筆に捧げたという。このクイズは、さまざまな国の、さまざまな分野で活躍する人々に実施してきたが、高学歴で国際問題に興味がある人でさえも、ほとんどの質問に間違っていた。次のような先入観を持っているからだ、とロスリングは書いている。「世界では戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、どんどん物騒になっている。金持ちはより一層金持ちになり、貧乏人はより一層貧乏になり、貧困は増え続ける一方だ。何もしなければ天然資源ももうすぐ尽きてしまう」ロスリングはこうした考え方を「ドラマチックすぎる世界の見方」と呼び、間違っているとしている。その原因は脳の機能にあるという。それは以下の10の機能であり、それぞれ章を立てて解説している。第1章 分断本能 「世界は分断されている」という思い込み第2章 ネガティブ本能 「世界はどんどん悪くなっている」という思い込み第3章 直線本能 「世界の人口はひたすら増え続ける」という思い込み第4章 恐怖本能 危険でないことを、恐ろしいと考えてしまう思い込み第5章 過大視本能 「目の前の数字がいちばん重要だ」という思い込み第6章 パターン化本能 「ひとつの例がすべてに当てはまる」という思い込み第7章 宿命本能 「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み第8章 単純化本能 「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み第9章 犯人捜し本能 「誰かを責めれば物事は解決する」という思い込み第10章 焦り本能 「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込みワクチン接種を嫌う「恐怖本能」冒頭で紹介した「極度の貧困」についての誤解は、ネガティブ本能に根差すものだ。人は物事のポジティブな面より、ネガティブな面に注目しやすい。1800年から現在までの極度の貧困率のグラフを示し、1800年には85%だったのが、1966年には50%、2017年には9%まで減少した、と書いている。20年前には29%だったから半減しているのだ。良くなっているのはこれだけではないとし、戦争や紛争の犠牲者数、乳幼児の死亡率、飛行機事故の死者数、農作物の収穫量、インターネットを利用できる人の割合などどんどん良くなっている32の分野を紹介している。コロナ禍の今こそ、読んでもらいたいと思ったのが、第4章の「恐怖本能」だ。ワクチン接種に関するトラウマについて書いている。「批判的思考」という「錦の御旗」のもとに間違いを犯し、子供向けのワクチンの接種をしない愚かさを指摘している。本書は2019年に発行されたので、新型コロナウイルスの流行前に書かれたが、もし改訂版が出るとしたら、きっとコロナワクチンについて触れるはずだ、と思った。訳者はIT技術者の上杉周作さんと翻訳家の関美和さん。訳者あとがきに、「セルフチェックに役立つのが、本書で紹介されていた10の本能です。もし、どれかの本能が刺激されていたら、『この情報は真実でない』と決めつける前に、『自分は事実を見る準備ができていない』と考えたいものです」と書いている。ネットが普及し、情報を疑うことが容易になった今こそ、自戒したいものだ。本書の冒頭に13の質問があるので、繰り返し朝礼で使えるだろう。(渡辺淳悦)「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」ハンス・ロスリングほか著日経BP社1980円(税込)
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