勝間和代「目真っ赤に」泣かした 文春インタビューの質問とは

印刷

   12月22日の夜、元法務大臣経験者で、先の衆議院選で落選したものの、自民党の重鎮である旧知の人物と話をした。彼は2010年夏の参議院選に立候補するという。

「元木さん、参議院選挙で負けたら、自民党がなくなってしまう。今度の選挙は天下分け目の戦いなんだ。自分も70になるが、最後のご奉公だと、地元にへばりついて頑張っています」

鳩山首相と「室蘭の夜」

   自民党若手の雄・河野太郎氏は、青木幹雄を始め、古手を一掃して選挙に臨むといっているが、このままいくと、衆議院選挙で落選した「大物議員」たちが大挙して立候補するかもしれない。そうなれば、民主党にとって戦いやすい選挙になると、小沢民主党幹事長が、ニンマリする顔が浮かぶ。

   現代は「1月鳩山交替」、毎日は「ふんぞり返る『小沢一郎』 『鳩山』辞任で5月首相就任」と、普天間基地移設問題でリーダーシップのなさが明らかになった鳩山首相の交替は、週刊誌では既成事実になりつつある。

   また、そうしたなかで、天皇と中国要人との会見のごり押しや、「『天皇家は韓国から来た』喝采を浴びた『小沢一郎幹事長』ソウルの不敬発言」(新潮)など、小沢の強引なやり方へのバッシングが強まってきている。

   この男、細川政権の二の舞はやらないと言っているようだが、ここまでのやり方を見ていると、何ら変わったところはない。鳩山が総理の座を放り出し、民主党がバラバラになるのは時間の問題のように見える。

   今日、新潮・文春の新年合併号が発売された。やはり伝統の力か、この2誌は他誌に比べて読みどころが多い。

   まずは新潮の「『鳩山由紀夫総理』が人妻を寝取った『室蘭』の夜」。この話は、新潮が1996年にスクープしているが、その時は、たいした話題にはならなかった。

   しかし、いまや天下人である。当時、この女性も人妻で、室蘭駅近くの中央町にあったクラブ「ブルーボン」のヘルプホステスだった。単身赴任だった鳩山氏が、寂しさをまぎらすために、彼女に惚れて通い詰め、「室蘭妻」としたというのだ。

「これは純子(愛人の名前。仮名=筆者注)本人から直接聞いた話だが、鳩山さんは大変なマザコン。行為に及ぶときも自分のことを『ボク』とか『ボクちゃん』なんて言っていたそうだからね。いい気なもんだよ」(地元の飲食店経営者)

   このスキャンダル処理に当たったのが幸夫人だったことは、広く知られている。「手切れ金」は1300万円だったという。

「新」失楽園騒動

   新潮にはあと2本のスキャンダルが載っている。「略奪婚『畑恵』が嗅ぎ取った『船田元前代議士』不実の胸騒ぎ」と「『世界のセイコー』を狂わせた『寅』の威を借る女帝パワー」。

   船田のほうは、畑が旧知の弁護士に、夫船田の「不実」についての相談をしに行ったというもの。妻を棄てて、畑に走った船田は、地元の女性票を大量に失い、落選中だが、これでは政界復帰の望みも叶いそうにないようだ。

   セイコーのほうは、「セイコーホールディングス」名誉会長で「和光」代表取締役会長兼社長の服部禮次郎氏88才と、セイコーグループの役員などをしている女帝との「艶聞」疑惑である。

   こうした話が出てくるのも、「セイコー」が、09年3月期の売上高が前期から約400億円も減少し、約58億円もの赤字に転落してしまったからだろう。

   こうした話は、社内の権力争いから飛び出してくることが多い。大セイコー創業者の孫・禮次郎氏に飛び出した醜聞の行方は、お家騒動へと繋がるのだろうか。

   文春は、一人勝ちといわれる「ユニクロ帝国」の「独裁者」柳井正会長兼社長に噛みついている。

   ユニクロ・デフレとまでいわれる昨今、生産のすべてを人件費の安いアジアの工場に発注し、自社工場はなく、グループ全体で3万人を超す従業員のうち、正社員は1割強の「大企業」への批判は高まっている。

   記事を読む限り、部下に苛烈にあたり、後継者を育てないという「欠点」はあるものの、致命的な誤りは、いまのところないようだ。

   超優良企業のトップの余裕からか、柳井氏はインタビューで「ユニクロ型デフレ」批判にこう答えている。

「グローバル化は現実なんです。日本だけが避けて通ることはできない。避けるには閉じるしかない。でもそれでは成長はできません。(中略)日本は少子化が進み、物質的に豊になったことで満足しているんです。他の国の給料が上がって、日本だけ安定というのは、僕は衰退だと思うんですよ。日本人は安心だとか安定ばかり求めて、本来、持っていた志がなくなった」

娘との関係

   あのカツマーにも噛みついている。「沈黙を守ってきた東大元夫がついに激白! 勝間和代『男とウソ』」。タイトルはきついが、要は、突然離婚を迫られ、3人の娘も連れて行ってしまった、元女房殿への恨み節である。

   勝間氏が有名になるきっかけは、働く母親のためのコミュニティーサイト「ムギ畑」を立ち上げたことだが、この立ち上げに元夫も協力している。彼は、彼女を評してこういっている。

「お金じゃなくて、影響力が欲しいと言っていました。それで日本を動かしたいんだと。ですが、彼女はトレーダーやコンサルタントとしての経済知識はあっても、モノを作ったり、額に汗して働く人たちの現場を知らない」

   彼女の元へ行って19歳になる娘が、ブログを開設してこう書いた。「お母さんと下の妹と近所の神社へ初詣に行った。お母さんが肩に触れてきたのを、何となく身をよじったら、お母さんに泣かれた」

   そのことにインタビューで触れると、勝間氏は目を真っ赤にして泣き出したという。

「私は、はっきり言って親として未熟ですから、娘にそういう意味では暖かい家庭であるとか、非常に良好な親子関係を築けなかった。(中略)娘がブログで書いたように、そういう思いをせざるを得ない状況を作った母親なんです」

   長女は、ブログを書き、母親の元を離れ、一人暮らしを始めるが、3か月ほどして父親の元に身を寄せる。

   向上心の高い女性たちに圧倒的な支持のあるカツマーこと勝間和代にも、暖かい家庭や良好な親子関係は築けなかった。当然のことのような気もするが、そうしたものまで犠牲にして、彼女が得たものは何だったのだろうか。

   スキャンダルこそ週刊誌の本領。2010年は、世の中を震撼させるスキャンダルで驚かせてくれることを期待したい。 

  • コメント・口コミ
  • Facebook
  • twitter

このエントリーはコメント・口コミ受付を終了しました。

注目情報PR
追悼
シニアの健康ライフ
Slownetからのおすすめ記事(提携)

お知らせ

電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中