生活保護高齢者の終のすみか「簡易宿泊所」仕事なし、家族なし、低所得の3点セット

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   川崎市の簡易宿泊所の火災で亡くなった10人のうち6人は、名前はわかっても家族が見つからず身元が判明していない。日雇い労働者や出稼ぎ労働者の一時宿泊所だったところが、生活保護を受け行き場のない高齢者の事実上の終のすみかとなっていた。

   全焼した2軒の宿泊所には宿泊名簿があった。74人のうち70人が生活保護の受給者と分かった。火元になった吉田屋は事実上の3階建てで、建物の内部は部屋が細かく仕切られ、1部屋は3畳ほど広さ。キッチン、風呂、トイレは共同利用で、1泊約2000円だった。

   こうした簡易宿泊所は高度成長期に全国各地の工業地帯周辺で急増した。火災のあった場所は京浜工業地帯に近い宿泊所の密集地域で、現在も50軒ほどが軒を連ねている。宿泊している9割は生活保護受給者で、大半は行き場のない高齢者という。

出稼ぎ労働者の一時宿泊旅館がいまや「高齢者施設」

   なぜ出稼ぎ労働者らの一時的な宿泊施設から生活保護受給者の事実上の終のすみかにかわってしまったのか。国谷裕子キャスターの説明によると、寝る場所もなく、生活保護を受けたい人に、自治体が一時的な宿泊先として存在を伝えたのが、いつの間にか生活保護を受ける高齢者向け施設になってしまったようだ。

   高齢者のすみかにかわったからといって火災に対し気配りされていたわけではない。川崎の火災で辛うじて火勢から逃れることができた人や消防本部の話では、部屋の扉はベニヤ板、廊下はウレタン製の燃えやすい素材が使われていた。さらに2~3階部分が吹き抜けになっている構造で火の回りを速くした。川崎市によると、市内の簡易宿泊所49軒のうち23軒が同様の構造だという。

   命からがら逃げることができた高齢者たちはこう話す。「火が一気に来ちゃってね。一瞬で焼けちゃった。あと何秒、何分間か遅かったら火に巻かれて終わりだった」「逃げたときは1階は全然火が出ていなかった。2~3階からボンボン火の粉が降っていた」

   実際、1階に住んでいた人は全員の生存が確認されたが、亡くなった10人やケガを負った人は2~3階に集中していた。生活困窮者の支援に携わっているNPO法人代表理事の藤田孝典・聖学院大学客員教授はこう話す。「低所得の高齢者が簡易宿泊所をこんなに利用しているとは改めて驚きをもってみたところです。実態としては、旅館ではなく高齢者施設になっている。しかも、危険で狭い部屋しか与えられていない。それを行政が紹介している。問題が複雑化していると思います」

   国谷「なにが社会的構造的問題として背景にあるのかでしょうか」

   藤田教授「一人暮らしの高齢者が膨大な数で増え続けているということですね。それもさまざまな理由で『働ける仕事がない』『家族がいない』『低所得』がセットになっているんです」

川崎市はアパートへの転居を斡旋

   ただ自治体もこうした3点セットの高齢者を切り捨てているわけではない。神奈川・川崎市は2年前から簡易宿泊所に住む人を対象に、アパートへの転居を促す支援を進めている。専門の支援員を配置し、不動産業者の紹介、物件の下見の付き添い、保証人の確保、契約手続きの付き添いなどを行い、これまで219人がアパートへの転居した。

   同じような簡易宿泊所が160軒も軒を連ね、約2800人が生活保護を受けながら住んでいる東京・山谷地区では、1軒当たり1600万円の助成金で宿泊所の建て替え工事が始まっている。台東区は新しい宿泊施設ができれば観光客も呼び込めると鼻息荒いが、建て替え工事が完了したのはやっと3軒だ。工事には数千万円かかり、助成金だけでは足りないからだ。

   高齢人口がますます増加する中で、3点セットの高齢者も増えてくる。自治体だけに任せるのではなく、国の本格的な支援が待たれている。

モンブラン

NHKクローズアップ現代(2015年5月27日放送「ほかに行き場がなかった~川崎簡易宿泊所火災の深層~」)

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