2024年 4月 20日 (土)

講談社編集者の逮捕にかたず飲む出版界! OBだから分かる講談社とマンガ業界の実相

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   年明け早々出版界に衝撃が走った。私の古巣である講談社の社員が妻殺しの容疑で逮捕されてしまったのである。

   1月10日(2017年)、警視庁に逮捕されたのは講談社のマンガ雑誌・モーニング編集次長の朴鐘顕(パクチョンヒョン)容疑者、41歳。

   事件が起きたのは昨年(2016年)の8月9日未明だった。文京区千駄木の自宅で妻の首を締め窒息死させた疑いが持たれている。

   11日に発売された週刊文春は、いち早くこのことを報じているが、同誌によれば、事件当初、警察に対して朴容疑者は「妻は自殺した」といっていたそうだ。だが遺書は残っていなかったし、自殺する動機も見つからない。遺体の状況なども容疑者の話と違う点が多かったため、警視庁捜査一課は殺人の可能性もあるとみて両面で捜査していた。

   その後、死因は窒息死で、被害者の首には手で絞められた跡があり、絞殺死体によく見られる舌骨の損傷はなかったが、室内が物色された形跡も誰かが侵入したとも考えにくいことから、夫である朴容疑者が犯人ではないかと内偵していたという。

逮捕に時間かかったのは敏腕編集者ゆえ

   週刊文春によれば、これほど時間をかけたのは、彼が大手出版社の社員編集者で、大ヒットマンガを数多く手がけてきた敏腕編集者だからだという。

   講談社でも、何度か朴を呼んで事情を聞いたが、本人は一貫して否定していたそうだ。事の真偽はまだわからない。彼が講談社のマンガ誌・モーニングの現役編集次長であり、09年に立ち上げた別冊少年マガジン創刊の編集長(週刊少年マガジンの副編集長も兼任)のとき、後に大ベストセラーになる『進撃の巨人』など数々のヒット作品を手がけてきたため、社内の人間に聞くと講談社は混乱の極にあるようだ。

   私は彼のことを知らないが1999年入社だというから、私が週刊現代を離れ、インターネット・マガジン・Web現代を立ち上げた頃である。

マンガ編集者の人気は高い

   75年大阪府生まれ。一浪して京大法学部に入り、週刊文春によれば、当初、弁護士を志していたが、父親が経営する喫茶店でマンガに接し、マンガ編集者になりたいと思うようになり講談社を受け入社したそうだ。

   京大法学部からマンガ編集者というと驚く向きもあるかもしれないが、私と一緒に仕事をした後輩は、東大法学部からマンガ雑誌をやりたくて講談社に入ってきた。今はマンガ雑誌ではない某誌の編集長をしているが、彼にマンガを語らせたら、熱く語って止まらなくなる。

   近年、彼らのように有名大学を出てマンガ編集者をやりたいという人間が増えてきている。

   一方で週刊現代やフライデーをやりたいという学生はとんといなくなった。

韓国籍で韓国の苗字にこだわり

   彼は韓国籍で韓国の苗字にこだわっていたそうだ。私が入った70年代には韓国名や中国名を名乗る社員はいなかったように思う。そうだとしてもその頃は日本名を名乗っていたようである。

   私の記憶では80年代以降からではないか、朴や劉と堂々と名乗る人たちが入ってきたのは。新入社員は各部署を回って挨拶することになっているが、眩しい思いで彼らの名札を見た覚えがある。

   彼は、入社したときの社内報に「わたしたわしわたしたわ」という回文タイトルをつけた文章を寄せているが、これは読んだ記憶がある。

   配属されたのは週刊少年マガジン編集部で、昨年、モーニングに異動するまでそこにいて、数々のヒットマンガを生み出してきた。

   昨年アニメ映画が大ヒットした『聲の形』、累積2000万部を超える『七つの大罪』、ヤンキーマンガの最高峰『GTO』などにも関わっていたようだが、なかでも別冊少年マガジン編集長として関わった『進撃の巨人』は、現在、累計6000万部を超えるというからすごい。

   それも諫山創という新人マンガ家を起用し、彼は「絶望を描いてほしい」と伝えたという。今思うと意味深な言葉である。

ベストセラー出しても出世しない講談社

   これ一冊手がけただけでも「将来の役員候補」間違いないと思われるかもしれないが(そう報じたメディアは多い)、残念ながら講談社という会社は、ベストセラーを出した編集者は不思議と出世しないのだ。

   『窓ぎわのトットちゃん』を出した女性編集者は、定年間際に校閲へ異動になった。乙武洋匡の『五体不満足』を手がけた編集者も大出世はしていない。

   百田尚樹の『海賊とよばれた男』を出した編集者も局長まで行かず、先日定年を迎えた。

   講談社にマンガ出身の役員はいるが、多くは営業や販売出身で、オーナー会社だからトップにはなれないがナンバー2には、この中から選ばれることが多い。編集上がりをあまり重用しない不思議な会社である。

   ベストセラーを出すと廊下をふんぞり返って歩くようになる編集者がいるが、朴容疑者はそうではなかったようだ。「後輩のちょっとした悩みも邪険にしませんし、若手編集者の目標です」(講談社関係者=週刊文春)。人格的にも優れていたようだ。

   奥さんと知り合ったのは10年以上前で、同期が開いた合コンでだったという。

   結婚して2人は社宅に住み2011年に今の千駄木に一戸建てを建てたというから、私生活も順調だったようだ。

   07年に長女が生まれると次々に4人の子宝に恵まれている。彼は次女が誕生の後、ツイッターで「僕は3回しかエッチをしていません」と呟いたそうだが、近所の人によると夫婦仲もよく、声を荒げることもなかったという。

   次女誕生後に、講談社の男性社員としては初めて約2カ月の育児休暇を取ったそうだ。

   彼が朝日新聞で連載していたコラム(12年7月18日付)にこう書いている。

「なぜ今も昔も、現実でも漫画の中でも、子どもは『お母さん』が好きなのか、分かった気がします。そりゃそうだ、あんなに大変なんだもん。子どもたちはじっとそれを見ている。じっとお母さんを愛している」

   これほど妻の苦労を思い、子どもたちを愛している男が、なぜ妻殺しで逮捕されてしまったのか、私なりに考えてみたい。

私の場合こうだった

   近隣住民の言葉にある「奥さんは育児ノイローゼ気味ではないか」というのがキーワードだろう。

   私にも3人の子どもがいるが、3人目が生まれたのが40歳の時だったから、彼と同じような年だった。その当時は月刊現代という雑誌の編集次長(組織的には副編集長→編集次長で「編集長心待ち」ポストなどと揶揄されることもある)。

   幸い2人の両親が近くにいたため、何かあれば助けてくれるのをよいことに、毎晩午前様どころか、2時、3時に帰宅、4~5時間寝て家を飛び出していった。

   週に1回、子どもたちの顔を見ればいいほうだった。今でも何かあるとカミさんが愚痴ることがある。3人の子どもたちが通う小学校の運動会が毎年5月末の日曜日に行われていた。その日は、さすがに朝から見に行ったが、午後2時頃になるとそこを抜け出し、東京競馬場へ駆けつけ、ダービーにありったけのカネをつぎ込んだ。

   子どもたちが一番可愛い頃、父親が遊び相手にならなくてはいけないときに、仕事と称して浴びるほど酒を飲み、博打にうつつを抜かしていたのだ。3人の子どもを抱えて辛い思いをしているカミさんのことなど、思ったこともなかった、ひどい亭主であり父親だった。

   子育てに疲れ、家庭を顧みない亭主に対しての「怨み」が、カミさんの中には積もり積もっていったであろう。

   その後、フライデー、週刊現代編集長になり、ますます家庭を顧みなくなっていった。いま思えば、夫婦の間で何が起きても不思議ではなかった。

超長時間労働のマンガ編集者

   マンガ編集者はもっと大変である。マンガ家は絵を描く才能はあるが、ストーリーを作れない作家が多い。

   それに若い人が多いから、担当編集者は、ストーリーを一緒に考え、絵コンテのアイデアを出し、原稿ができるまでマンガ家のところに寝泊まりすることもしょっちゅうである。

   女性マンガ家と編集者が結婚するケースが多いのは、こうした密な時間を共有するからである。

   電通をはるかに凌ぐ長時間労働があって、ようやく作品が生み出されるのである。

   朴容疑者の妻の実家は北関東で本人は大阪だから、4人の子どもを抱えた奥さんの苦労は並大抵ではなかっただろう。

   彼も懸命に支えた。家も会社から比較的近いから、子どもの幼稚園の送り迎えなどもしていたようだ。

   だが30代の終わりから40代始め、編集長になる日も近い彼の多忙さは想像に難くない。

   育児に疲れ、日々体調を崩していく妻を見ながら、彼にも焦りがあったのではないか。

   一部の報道に、妻が知り合いに、夫からDVを受けて悩んでいると話していたという情報があった。DVは大袈裟だろうが、子育てに疲れた妻と仕事の板挟みに苛立ち、2人の間に諍いがあったことは想像に難くない。そんなとき、ちょっとしたいい争いから悲劇が生まれたのではないか。

   これは私の経験から想像した妄想である。真相はまったく違うところにあるのかもしれない。

   この事件は各テレビ局のニュース番組でもトップで報じられた。ワイドショー然りである。そのいずれも容疑者の逮捕前の姿をカメラに収めていたり、インタビューを試みていた局もあった。

   週刊文春によれば、昨年秋頃から情報が出回り、年末から「年明け逮捕」といわれていたというから、各社相当の取材体制を敷いていたようである。

   だが、週刊文春が発売される前日に逮捕して、その姿を各社に撮らせるというのは、講談社OBだからというのではなく、いささかやり過ぎではないか。

   何度か任意で取り調べにも応じているようだし、逃亡する恐れはないのだから、もう少し人権に配慮したやり方があったのではないかと思う。
『進撃の巨人』を世に出したエリート編集者だから、ニュースバリューがあるということなのだろうか。

   日頃、警察批判をしている雑誌を出している出版社だから、警察側にさらし者にするという「意図」はなかったのだろうか。

『進撃の巨人』に深くかかわったのは事実

   モーニングは編集長名で「読者の皆さまへ」という詫び文を出した。その中に一部メディアに「『進撃の巨人』の立ち上げ担当」とあるが、これは事実ではないとし、「本人が『進撃の巨人』を担当したことはなく、正確には『掲載誌の創刊スタッフ』であったことをお知らせいたします」といっている。

   編集長が担当する場合もあるが、担当者をつけるのが普通である。といって、ほぼ全権を握っている編集長が企画段階から関わり、GOサインを出さない限り作品が掲載されることはない。

   編集部も講談社も、大ドル箱のマンガにケチがつくのを恐れ、「進撃の巨人の担当者が殺人」という負のイメージを消したいのだろうが、朴容疑者がこの作品に深く関わっていたことは間違いないはずだから、姑息なことはやめたほうがいいと思う。

   小説でもノンフィクションでもマンガでも、優れた作品にはいい編集者の手が必ず入っている。

   優秀な編集者を失ったのは、講談社にとって大きな損失であろうが、優れた作品を待ち望んでいる読者たちにとっても、取り返しのつかない損失であるにちがいない。

   昨年は41年ぶりに書籍の売上が雑誌を抜いた。だが、講談社をはじめ小学館や集英社は、今でもマンガの売上が屋台骨を支えている。

   そのマンガにもやや翳りが見えてきたところにこうした事件が起き、さらに売上が落ちることにでもなれば、大手といえども安泰ではないはずだ。

   この事件の行方を、出版社の人間たちは固唾を呑んで見守っている。

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