2018年 9月 23日 (日)

<見えない壁~福島・被災者と避難者~> (福島中央テレビ)
同じ福島の人々なのに「原発避難者」と「津波被災者」が対立 地元局だから追跡できた良質なドキュメンタリー

印刷

   一か月すると、東日本大震災から丸7年が経つ。災害の瞬間や被害状況を振り返る初動報道は年に一度、3月11日前後に報じられるにとどまるようになり、仮設住宅・高台移転・除染土の運搬先などの周辺の話題は、日常のトピックの中で徐々に薄れていく。「そういえば、あの問題はどうなったのか?」。その問いに応えることができる人が、あまりに少ない。

一本の道路を隔てる「市営住宅」と「県営住宅」

   だからこそ、当事者の憤り、閉塞感、取り残された思いが強まる。震災が物理的に与えた被害の先の諸問題、例えば補償、例えば待遇の違いで分断された人々は、外から見ただけでは違いが分かりにくい。内に秘めた不満があっても、表に出てその気持ちを口に出すには勇気がいる。今度は自分が「そうは言うけどあんたらは...」と叩かれるのではないか。疑心暗鬼の連鎖が、互いの口を貝のように閉ざさせている。

   ドキュメンタリが取り上げるのは、そんなこう着状態の只中にある2つの団地だ。津波被害で住居を失った「被災者」用の市営住宅と、道路一本を隔てて立つ、原発事故の影響で故郷を捨てることを強いられた「避難民」用の県営住宅。たった10メートル足らずの道路の上には、「見えない壁」が立っている。

   「被災者」代表として登場するのは、市営住宅の自治会長を務める藁谷さんだ。76歳ながら、精力的に団地の代表の仕事に励む。60年あまり住んできた海辺の家は、とても人が住める状態ではなくなった。当初は修理を希望していたが、見積もりをとったら、津波被害への補償額(最大で300万円)を大きく上回り、引っ越しを余儀なくされた。年金暮らしに、これから家を建て、借金を返す体力はない。

   対する「避難者」代表として、団地間の交流の必要を訴えるのが、県営住宅の自治会長を務める佐山さんだ。4人家族が暮らしてきた家は津波に流されたうえ、原発事故で戻ることも許されなくなった。故郷がなくなり、ぽっかりと穴があいたような気持ちで過ごす日々だからこそ、きちんとこの地に根を張りたい。そのために、この地のコミュニティーを育む者同士での交流が必要だ。

   数千万円単位の補償金を得た「避難者」の言い分はそうかもしれないが、日々の暮らしもカツカツな「被災者」からすると、提案自体が金持ちの"交流"の押し売りとしか思えない。藁谷さんもまたモヤモヤを抱えながらも、自治会長としての責任感から交流会の運営に手を貸すことにする。だが、同じ団地の住人は、チラシ配りを手伝う者もなく、心情的に相容れない気持ちだけが強くなっていく。

「札ビラ切っている」「税金払わない」と非難の応酬

   転機となったのは、ある交流会準備での出来事だった。「被災者はいわき市に籍を移していないから税金を払っていない」「それなのに医療費はタダ」「補償金で羽振りがいいくせに」。被災者側の新役員が、機関銃のように言葉を浴びせる。最初は笑顔だった避難者側も表情がこわばる。「市民税は元の自治体に払っている。元の自治体からいわき市に、交付税という形でお金が入っているので、税金を納めていないのに使い放題というのは違う」「札ビラを切っているなんてとんでもない」「細かな説明を聞いてもらえれば誤解は解けるが、ケンカ腰でなじられては、話す気にもなれない」

   飛び交う応酬に割って入ったのは、藁谷さんだった。「そういう誤解を被災者側は、最初に植え付けられてしまったところもある」。その日の話し合いの最後、口火を切って避難者を攻撃した女性が言った。「そういうことだったとは初めて知った。交流しないとわからないことばかりだ」。藁谷さんもまた、ひとり呟く。「もうわだかまりはない。ないということを信じないと、話し合いなんかできない」。一年前の言葉を自ら振り払い、交流会の準備にまい進する。

   外から見ると一緒くたにされがちな、福島県の地震「被災者」と原発「避難者」。その壁に視点を当て、数年単位で経過を追い続ける。一気に溝がゼロになるような漫画的なハッピーエンドはありえない。それでも前進する人々に焦点を当てる。その前進の原動力となる人の姿を追う。止まった車を押すとき、最初にタイヤが回るまでに一番負荷がかかる。それと同じように、何をしても好転しない、しかし将来の礎として活動を止めてはならないときに踏ん張る様を記録する。福島の放送局ならではの良質なドキュメンタリだった。

   さらに人々を細かくみると、「被災者」の中にも、全壊認定された人、されなかった人。高台移転に賛成した人、しなかった人など、さらなる分断がある。「避難者」の中にも、「40キロ圏内から福島県内に避難した人」「40キロ圏外なのに福島県外に避難した人」「一度は避難したが除染が完了したので戻った人」「除染は完了したが戻らなかった人」など、違いを上げればきりがない。置かれた立場が違うと、言い分も違う。自分が心理的・金銭的に追い詰められていれば、隣の芝が青く見える。補償の違い、政策の違い、地域住民のカラー。分断の原因は様々だ。

   だからこそ、黙殺だけはしてはならない。今どこで、どんな分断が生じているのか。すべてをつかむことも、解決することもできないからこそ、報道機関の監視機能の価値は今後も問われ続ける。(放送2018年2月11日24時55分~)

バンブー

今すぐ無料会員に登録して、コメントを書き込もう!

注目情報

PR
J-CAST会社ウォッチ会員向けセミナー
しごとの学校
  • 【9月28日開催】中小企業の役員・総務担当者はマスト! 企業承継と相続対策セミナー弁護士は見た!「社長が認知症に!? 悲惨な現実と対応策」

  • 追悼
    J-CASTニュースをフォローして
    最新情報をチェック
    電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中