2018年 10月 21日 (日)

熊本地震2年―空きあるの入居できない仮設住宅なぜ?いまだに物置や倉庫で軒先避難

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   熊本地震から2年、熊本城の天守閣を覆っていたカバーが先週外されたが、20年かかるという復旧基本計画は動き出したばかりである。天守閣をはじめ重要文化財の建造物はすべて損壊し、被害額634億円。崩れた石の数は10万個という。その一つひとつを元の場所に戻す。サイズを計測し、形状を記録して、残された写真通りにはめ込む。気の遠くなるような作業だ。

   一筋の石積みだけで形を保った「飯田丸五階櫓」は、櫓を解体して石垣を修復して再建する計画だったが、内部は床が沈み、柱と梁が外れて、ギリギリのバランスで櫓が保たれていることがわかり、解体は微妙になった。

   熊本出身の映画監督、行定勲さんは「熊本のシンボルだから、早く復旧して欲しいと思う一方で、ある部分では、壊れた石垣をそのままにと思ったりもします」と語る。

   地震の半年前に熊本城を撮っていた。あるお年寄りが「復旧まで生きているかどうかわからない。あの映画が嬉しかった」といってくれたそうだ。「地震後に初めてライトアップされた時、みんな涙を流していた。存在感があるんです」

資材や人件費高騰で自宅修繕もできず

   震度7の激震に2度も見舞われ、関連死も含めた死者は260人以上、19万7000棟が被害を受けた。もっとも被害が大きかった益城町は4000世帯の6割の家屋が全半壊した。

   熊本出身のキャスター武田真一は「1年前にも来ましたが、まだまだ時間がかかるというのが実感です」と伝える。倉庫や物置小屋などでの仮住まい、いわゆる「軒先避難」が45世帯もあるのだ。高木サチ子さん(71)も倉庫に住む。自宅は全壊の判定を受けたが、仮設への入居は2度抽選で外れた。やむなく、200万円かけて自宅の台所、トイレ、風呂を修理した。その際、「応急修理制度」の適用を受けた。修理費の一部を国が補助してくれる。上限57万6000円だ。

   しかし、この制度を利用すると、自宅再建とみなされて、仮設住宅への入居ができなくなる。おかげで、寝泊りは依然として倉庫だ。冬は氷点下にもなる。3度も肺炎になった。その後、自宅を再建する人が増え、仮設にはいま300戸の空きがあるが、町は「制度の縛りがあるから」と、高木さんの入居を認めない。

   花屋を営む森下勇さん(68)は、自宅の壁、床が落ちて、作業場だった小屋に住んでいる。半年後、修理の見積もりを取ったら486万円だった。その時は手当が付かず見送って、半年後に頼もうとしたら680万円になった。材料費の値上がりと人手不足による手間賃の高騰だという。森下さんは「前進どころか後戻りだ」という。

震災2~3年に急増する孤独死

   兵庫県立大大学院の室﨑益輝教授は「60万円の補助では修理はできません。制度が実態に追いついていない」という。「後出しジャンケンというんですが、後からでも制度を見直すべき。いま困ってる人を救わないといけない」

   武田「高齢の方も多いし、健康が心配です」

   室崎教授「避難生活の中で体を壊す人が出ます。阪神淡路大震災でも、2、3年目に孤独死する人が出ました。復興の過程で、必ず取り残される人が出るんです。地域で支え合うだけではなくて、日本全体で支えないと。支援のあり方を考えないといけないんです」

   被災者にとって、2年は長いのか、あっという間なのか。いまや益城町がニュースになることはまずない。その意味では、熊本城の復旧工事は「熊本を忘れないで」という息の長い訴えになるのかもしれない。

   *NHKクローズアップ現代+(2018年4月12日放送「ルポ 熊本地震2年 被災地の"現実"そして"希望"」)

文   ヤンヤン
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