2020年 10月 20日 (火)

優れたアイデアを出して「スーパーJOCKEY」の危機を救ってくれた構成作家の沢口義明さん

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   沢口義明さんとのことを話そうと思います。沢口さんは奥山コーシン先生に師事した有名な構成作家です。現在は放送作家集団DNPに所属していて、日本テレビの「ザ!世界仰天ニュース」、フジテレビの「爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル」等の担当をしています。

   初めて沢口さんに会ったのは1983年、バラエティー番組「スーパーJOCKEY」が始まるときで、八田一郎プロデューサーの紹介でした。私はディレクターとしてデビューする新人でしたから、実績のある構成作家の沢口さんに教えてもらうことがたくさんありました。

   一番助かったのが、1986年のビートたけしさんとたけし軍団の「フライデー襲撃事件」のときです。なにしろ、司会のたけしさんをはじめ主要メンバーのたけし軍団の大半が、当面番組に出られないという状況になっていました。そのとき、いち早く、同じ太田プロの「山田邦子を司会にしてダチョウ倶楽部と大川興業で、THEガンバルマンをやればいい」という方向性を打ち出してくれたのが沢口さんでした。それが実現し、なんとかその危急の場を乗り切ることができました。そのことから、私は「番組はアイデアだ」という信念をもちました。

番組をさらに盛り上げた「熱湯ルーレット」のアイデア

   1994年のたけしさんのバイク事故にもショックを受けましたが、そのときは自分で考えて、細川ふみえを1人立てて後ろにたけしさんが笑っている写真を何枚も立てたのです。それにより、どのカメラで撮っても細川ふみえ越しのたけしさんが写るようになりました。これも沢口さんのお蔭です。

   次に、沢口さんに感謝したのが、「スーパーJOCKEY」の名物コーナー「熱湯コマーシャル」に「熱湯ルーレット」が誕生したときでした。「熱湯コマーシャル」の変遷に関しては、以前に書きましたので、細かいところは割愛しますが、沢口さんのアイデアで始まった「熱湯ルーレット」は、PRに来る人以外にも、番組のレギュラーやゲストにも入るチャンスがあるという広がりを見せ、番組がさらに面白くなりました。沢口さんには、今もお付き合いをいただいています。

渡辺弘(わたなべ ひろし)
渡辺 弘(わたなべ ひろし)
1952年生まれ。東京大経済学部卒業。1976年に日本テレビに入社し、制作局CP、ドラマ制作部長として番組づくりの現場で活躍。編成局長、制作局長、取締役報道局長、常務・専務を歴任した。「マジカル頭脳パワー!!」「THE夜もヒッパレ」「「スーパーJOCKEY」「24時間テレビ」などヒット番組をプロデュースした。 現在は「情報経営イノベーション専門職大学」客員教授。映像会社「2501」顧問。
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