【連載】ブロードバンド“闘争”東京めたりっく通信物語
8. 伊那実験―郵政省に規制緩和の兆候を見た

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「あのときの東京(1999年~2003年)」 撮影 鷹野 晃
「あのときの東京(1999年~2003年)」 撮影 鷹野 晃

   時代を画する夢の技術と言われるxDSLの正体に自らの手で迫りたい、この熱望が伊那実験を支えたパトスであった。

   しかもこの実験フィールドは実験室や商品デモ会場のような孤立環境でなく、ほぼ1万ユーザーが通話のスイッチングのため電子交換機に繋がって24時間実運用されている電話ネットワークそのものなのである。これは何といっても魅力的であった。

   有線放送電話とはいえ、使っているメタル線や通信機器構成とトポロジーはNTT電話局と全く同様な構成なので、特殊な実験にはならず全国至る所で通用する一般実験なのである。

   更に放送という一斉通報の機能が付加され、その点ではNTTの回線網よりはこっている。また、xDSLはスプリッタという一種のフィルターを使用することにより、従来の電話機能を損なうことなく、未使用の高周波数帯域をデータ通信に利用する構造となっている。

   ここで取り出されたデータは、インターネットに接続される。接続はインフォバレーという(株)富士通長野システムエンジニアリングが経営する長野県の有力地元プロバイダーが提供してくれた。

   インフォバレーはすでに専用線を伊那あいネットの局舎に引き込んでいたが、実験では別途インフォバレーのバックボーンにxDSL経由で接続してもらった。

   実験の焦点は、局舎と電話利用者との間でのADSLによる通信である。

   ソネットの小林君、住友電工の営業で伊那実証実験の熱心な賛同者桜井さん、同じく住友電設営業の池田さんなど、自社販売製品を続々と持ち込んでくれた。

   何がおこるのかと興味を持って集まった押しかけ組は、通信機器やコンピュータサーバを手配し、各種測定機器を持ち込み、更に本気度を増していった。ADSLモデムはユーザーと局舎とに置く20組が用意できた。

   実験連絡会には、「INAJIN」という地元パソコンクラブも参加していて、自宅のパソコンの前で手ぐすねを引いて待っている。学校児童や市職員のためにもADSL端末が引かれた。メガビット級の通信、これを使いこなす手配は完璧だ。地元の人々期待は高まる。

   中川さんは、「農文教」という農業文化団体からビデオテープを借り出して、映像鑑賞こそがADSLの本命との持論を確認すべく準備は怠りない。「農文教」コンテンツを選んだのは著作権がクリアされているので後に問題の起こりようがないだろうとの配慮だ。

   しかし実験がスタートする前に突破しなければならない大きな壁があった。

   それは郵政省電気通信監理局の承認である。届出だけでは済まないだろう、ということで8月22日、私も実験連絡会の主要メンバーとともに長野市の信越電監に詣でる。

   法律的にはこうだ。「有線放送電話に関する法律」なる歴史的な法律があり、それによれば、各単位の有線放送組合は隣接する有線放送電話以外には相互接続をしてはならない、となっている。その意図は、電電公社単独育成にあるのは前に触れた通りである。

   ではインターネットはどう解釈されるのか。中川さんたちは、すでにここは突破して、ダイヤルアップ接続によるISPサービスをすでに5月から開始している。

   インターネットは電話にあらずとの論法である(実はインターネット電話というのがあるのだが)。では、その延長でしかないADSL実験は届出だけで十分ではないのかと考えるのが自然だが、違った。

   何であろうと新しいことを始めるには、いちいち承認を取っておくに限る。お上に断りなく勝手にやれば何をされるか分からない。

   これが有線放送電話という通信インフラを維持してゆくための弱者の経験であり知恵だ。とりわけ当時は事あるごとに「第一種電気通信事業者」の資格獲得を強く勧められていたのだから、郵政・農林協同管理下から郵政省単独管理下に入ることは避けねばならなかった。

   特に問題なかろうとの結論で終わると予想していたが、ここで我々は意外な話を担当の役人から聞かされる。「これは実験だけで終わるのですか、商用化して長期的にどしどし繋げていったらよろしいのでは」と言われた。

   ADSLによって魅力を取り戻すこと、まさに有線放送電話業者の狙いはここにあったので、立ちあがる前に潰されることを恐れての電監詣であった筈が、これには一同、驚いた。私が始めて体験した郵政省の規制緩和への兆候であった。

   以後、信州上田、信州川中島へとそれぞれ地元の有線放送電話会社と組んだ実験は伝播してゆくが、私は信越電監にはこれっきり足を運んだことがない。

   こうして、どこからも邪魔が入らないことを確認し、テレビ、新聞などの地方メディアにも記者会見を開き、マスコミの反響を確かめながら実験は9月から10月までの2ヶ月弱にわたって実施された。

   マスコミの地方局は丹念に取材報道し論評を加えたが、全国ネットワークはきわめて鈍感だった。長野の田舎の農村電話局でその後日本を覆すことになる実験が行われているとは彼らの想像を絶していたのであろう。

   むしろ海外では日本国内以上の評判になった。そうであろう。世界は日本のADSLに注目せざるをえなかったのである。様々な分野や地域から、伊那まで実際に足を運ぶ訪問者は実に多かった。全国の同じ有線放送電話組合の関係者を筆頭に、その総数は100人を下らなかったと思う。そして何かが始まることへの期待をもってこの解放区を去っていった。

   伊那で行われた実証実験は、翌年、NTTがADSLをやらないで済ます免罪符づくりのために行った、秘密に満ちた「フィールド実験」とは全く異なっていた。

   伊那ではADSLがいかに素晴らしい技術であり、実用レベルにあるかを証明し、その可能性を全面開花させた。「利用実験」と銘打ったのはその故である。考えられる限りの応用アプリケーションを試みた。外部HPへのブラウザによるクイック閲覧は当然として、本格映像のビデオ・オン・デマンド配信、ネット・ミーティング(TV電話会議)、ライブカメラ、電子紙芝居などである。これらはすべて地元のユーザーによって運用、設定、作成された。要は楽しくやったのである。

   基礎的な分野の実験もおろそかにされたわけではない。なにしろ日本初の実環境実験なのだ。ADSLの伝送性能、通信可能な距離、通信ケーブル特性、信号のスペクトル分析などの測定が多面的になされた。これには有線放送職員を交え、外部参加組が主力となった。

   KDDの浅見さんと部下達はさすが通信屋のプロでおそらく日本初の未経験の測定実験を貪欲にこなしていった。

   ここで得た知見は一言で言えば、前評判どおり、ADSLは素晴らしい性能を発揮したということである。百聞は一見にしかず。見て、触って、動かして、実験参加者はADSLが夢やまぼろし幻ではなく現実だと知ったのである。

   まず書物から入り、多くの者はそこで納得して行動には出ないという日本の文化的伝統的な「知の体系」からいえば、極めて異例なことだ。

   実験の参加者は、この技術を闇に葬ってはいけないという責任を負ってしまった。知ったというこの責任感が、東京めたりっく通信を誕生させる原動力になろうとは、この時は誰も気がつかなかった。


【著者プロフィール】
東條 巖(とうじょう いわお)株式会社数理技研取締役会長。 1944年、東京深川生まれ。東京大学工学部卒。同大学院中退の後79年、数理技研設立。東京インターネット誕生を経て、99年に東京めたりっく通信株式会社を創設、代表取締役に就任。2002年、株式会社数理技研社長に復帰、後に会長に退く。東京エンジェルズ社長、NextQ会長などを兼務し、ITベンチャー支援育成の日々を送る。

連載にあたってはJ-CASTニュースへ

東京めたりっく通信株式会社
1999年7月設立されたITベンチャー企業。日本のDSL回線(Digital Subscriber Line)を利用したインターネット常時接続サービスの草分け的存在。2001年6月にソフトバンクグループに買収されるまでにゼロからスタートし、全国で4万5千人のADSLユーザーを集めた。

写真
撮影 鷹野 晃
あのときの東京(1999年~2003年)
鷹野晃
写真家高橋曻氏の助手から独立。人物ポートレート、旅などをテーマに、雑誌、企業PR誌を中心に活動。東京を題材とした写真も多く、著書に「夕暮れ東京」(淡交社2007年)がある。

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