【連載】ブロードバンド“闘争”東京めたりっく通信物語
52.衝撃!朝日新聞報道「東めた経営危機」

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あのときの東京(1999年~2003年)」 撮影 鷹野 晃
あのときの東京(1999年~2003年)」 撮影 鷹野 晃

   2001年5月29日早朝、私は会社からの電話で叩き起こされた。朝日新聞朝刊の第1面で「東京めたりっく経営危機」という記事が8段抜きの大見出しで載っているという。

   驚き、会社に駆けつける車中で記事を読んだ。それによると、「NTTの参入も響いてADSL草分けの東京めたりっく通信が資金繰りに行き詰まり、経営危機に陥っていることが判明、社長の東條が28日に明らかにした」と確かに書いてある。

   しかも、「営業権の全面的な譲渡も検討中」とまで念を押されている。これには完全に意表を突かれた。まったく予期していなかったからである。後々、これは私が意図的に仕掛けた作戦であったとの勘ぐりを頂戴したが、真相は違う。

   「原の野郎め、やりやがったな」、と私は思わず唸った。前日の28日、原の野郎こと当時の朝日新聞論説委員で現役記者であった原淳二郎氏に、私は久々の取材を受けていた。そこでの問答がこの記事の「明らかにした」根拠である。

   諸々の話題の1つに、最近行われた20億円増資の目標が結局達成されず3億円程度の結果で終わった失敗話も出ていた。資金調達の手段として、強力なパートナーの出現を期待する旨、記事にでもして下さいな、と喋ったことも確かだ。

   だが、この取材が原氏の記者魂をかきたて、このスクープ記事に繋がるとは夢にも思っていなかった。総理大臣の首も楽々飛ばす「筆の力」を思い知った。

   しかし、当時はすでに、TMC危うしの観測は、マスコミ界にかなり広く浸透している一種の常識であった。仕入先や同業他社からの情報などによる情報入手で、それが状況証拠となり、この記事があたかも真実であるかのように思われてもしようがない。

   「良くやったがここまでだろう、頑強に反対していたNTTがADSLを開始するようになるまでに至った功績を手土産に早々にご引退でしょう」との空気が一挙に広まった。なんにせよ、TMCの経営者が文なしの冒険家であることは広く知れ渡っている。最後の止めを刺したのが、正式な社長への取材手順を踏んだ、老練の朝日新聞原記者であり、朝刊第1面記事であったわけである。

   新聞紙上でのTMCの登場も華々しかったが、その退場も同じように華々しかった。それはそれで、バランスは取れていたといえよう。だが、この騙し討ちに近いスッパ抜きは後味の悪いこと限りなかった。

   出社した時、会社はごった返していた。天下の大新聞によるセンセーショナルな経営危機を報じた記事は株主、債権者、その他のマスコミをそれぞれに直撃した。問い合わせが引きもきらない混乱状態だった。社内では小林君が怒り狂っていた。社長が進んで経営危機を新聞で明かすなど言語道断だという。

   辞表を書いて即刻に社長を辞任し、責任を取れ、ときた。ちょうど彼も、ADSL事業を手掛け始めたトーカイという燃料販売サービスの大手に企業連携の渡りをつけていたとこだったのでこの報道にはよほど頭に来たのであろう。

   だが、それも後の祭りだ。「少なくとも、営業譲渡先の候補だった企業は、概ね、すでに知っている内容ばかりではないか。むしろ回りくどい説明が省けて楽になったくらいだ。問題があるとすれば、これから押し寄せてくる株主と債権者の追求がいっそう厳しくなる事くらいではないか」、と何とか腹の虫を収めてもらう。

   この報道から1週間ばかりは、殆ど睡眠が取れぬ私の生涯で最も多忙の日々であった。TMCの最後が始まり、またあっけなく終結するのである。なにしろ、顧問会計士や顧問弁護士がそれまでに慌ただしく組んでくれた民事再生法講義は一教程すら受けぬうちに、全てが片づいてしまったのだ。株主、債権者からの折衝は一層過酷さを増した。

   その個々の描写はここでは省くことにする。


【著者プロフィール】
東條 巖(とうじょう いわお)株式会社数理技研取締役会長。 1944年、東京深川生まれ。東京大学工学部卒。同大学院中退の後79年、数理技研設立。東京インターネット誕生を経て、99年に東京めたりっく通信株式会社を創設、代表取締役に就任。2002年、株式会社数理技研社長に復帰、後に会長に退く。東京エンジェルズ社長、NextQ会長などを兼務し、ITベンチャー支援育成の日々を送る。

連載にあたってはJ-CASTニュースへ

東京めたりっく通信株式会社
1999年7月設立されたITベンチャー企業。日本のDSL回線(Digital Subscriber Line)を利用したインターネット常時接続サービスの草分け的存在。2001年6月にソフトバンクグループに買収されるまでにゼロからスタートし、全国で4万5千人のADSLユーザーを集めた。

写真
撮影 鷹野 晃
あのときの東京(1999年~2003年)
鷹野晃
写真家高橋曻氏の助手から独立。人物ポートレート、旅などをテーマに、雑誌、企業PR誌を中心に活動。東京を題材とした写真も多く、著書に「夕暮れ東京」(淡交社2007年)がある。

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