2020年 1月 18日 (土)

自動車産業

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現状

世界第2位の自動車大国

池袋にあるトヨタ自動車の常設展示場 「アムラックス東京」
池袋にあるトヨタ自動車の常設展示場 「アムラックス東京」
 

  日本は世界で2番目の自動車大国で、自動車業界は日本のリーディング産業である。2輪車を合わせた2002年の製品出荷額は43兆1630億円と、全製造業の出荷額に占める割合は16%、機械工業全体では35%と、日本経済を支える重要な基幹産業の1つとなっている。世界的に見ても2003年の国内生産は1029万台で世界総生産6065万台の17%、1993年まで続けた世界トップの座は明け渡したものの、米国の1207万台に次いで2位をキープしている。

  中でも目覚ましいのは日本メーカーの国際的な展開だ。トヨタ自動車と、子会社の日野自動車ダイハツ工業を合わせたグループの2003年の生産台数は682万台にも達し、米フォードを初めて抜いて米GMの824万台に次ぐ世界第2位。ホンダも米国などでのRV(ルクリエーショナル・ビークル=レジャー向けの多目的自動車)のヒットで296万台とフォード、フォルクスワーゲン(VW)ダイムラー・クライスラー仏プジョー・シトロエンに次ぐ世界7位に躍進した。一時、経営危機に陥った日産自動車仏ルノー出身のゴーン社長主導によるリストラに成功、297万台と世界8位にまで復活している。ソニー松下電器産業日立製作所などかつて世界をリードしたエレクトロニクス業界が米インテル韓国サムスンの後塵を拝してしまった今、自動車は日本では数少ない国際的なリーディング産業の1つとなっている。

国際化とリストラで復活を遂げる

  米国のビッグ3の追い上げや1995年の1ドル80円を上回る超円高、1990年代の金融システム不安のなか、1990年代に日本の自動車業界は苦境に陥った。米国での販売不振によって大幅な赤字に転落、金融システム不安も手伝って資金調達に苦しんだ日産自動車は、ダイムラー・ベンツや仏ルノーとの資本提携を模索した結果、1999年にルノーと資本参加を含むグローバルな提携契約に調印し、ルノーの傘下入りを選択した。

東京銀座の日産本社
東京銀座の日産本社

  一時、米クライスラーから独立した三菱自動車もリコール問題や米国販売の苦戦で経営不振が表面化、2000年にはダイムラー・クライスラーとの資本提携に踏み切っている。さらにスズキ富士重工業GMとの資本提携に進んだ結果、従来の11社体制は崩壊、日本の自動車業界は、トヨタ自動車グループ(トヨタ日野自動車ダイハツ工業)、ホンダの民族系2社と外資系(日産自動車=ルノー、マツダ米フォード、三菱自動車=ダイムラー・クライスラー、いすゞ自動車、スズキ、富士重工業=GM)の2グループに色分けされることになった。

  こうしたなか、劣勢だった日本メーカーが巻き返すことができたのは、国際化とリストラが進んだせいだ。

日産自動車のカルロス・ゴーン代表取締役社長兼CEO
日産自動車のカルロス・ゴーン代表取締役社長兼CEO

  トヨタ自動車は、米国での現地生産の一段の強化や仏やアジアでの現地生産に着手するとともに、米国市場でそれまで手薄だったRVを積極的に投入、ホンダも北米での現地生産を強化するとともにオデッセイなどRVの品揃えの強化を進めている。一方、ルノー傘下入りした日産自動車は、村山工場の閉鎖など国内生産体制の再編、人員の大幅削減、部品メーカーの系列の見直しなどリストラを進めるとともに、米国新工場の建設、ピックアップトラックの投入を積極化。トヨタ自動車が2003年度連結純利益で1兆円を上回る利益を上げるなど、リコール問題が発覚し不振が続く三菱自動車を除いて業績は上向き、日本メーカーは復活を遂げている。

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