2024年 4月 26日 (金)

新技術発展の足引っ張る 日本の著作権法これでいいのか
牧野二郎弁護士に聞く

   検索することを意味する「ぐぐる」という動詞が登場するほどに一般化しているのが米グーグル社による検索エンジン。ほかにもヤフーなどがあるものの、「国産エンジン」の影が薄いのが日本のネット社会の実情だ。このほど「日本消滅(ジャパン・ナッシング)-IT貧困大国・再生の手だて」(祥伝社新書)を出版した「IT弁護士」こと牧野二郎弁護士によると、過去には、日本にもすぐれた検索エンジンが存在したが、淘汰されてしまったのだという。「それでも国産エンジンが必要だ」と主張する牧野弁護士に、今後の検索エンジンの見通しを聞いた。

2~3年後に登場したグーグルに負けた理由

牧野二郎弁護士は「国産検索エンジン」の必要性を強調している
牧野二郎弁護士は「国産検索エンジン」の必要性を強調している

―何故、日本では検索エンジンが発達しなかったんでしょう?先生の著書を拝見すると、日本の著作権法が大きく関係しているようですが…。

牧野 要するに、「日本の著作権法が検索エンジンをつぶしてしまった」ということなんです。著作権法では「コピーをすることについて、著作者の承諾をとらないといけない」ということになっています。

   日本には1994年の段階で、「千里眼」をはじめとする、非常に高性能な検索エンジンが開発されていました。95年に僕がホームページを公開したときに、その(「千里眼」の)人たちからメールが来て、「検索エンジンを作りましたので、データをコピーして、発信していいですか」というお願いがきた。僕は、「当たり前でしょ、どんどんやってよ」と思ったのですが、彼らは、日本の著作権法にしたがって、いちいち承諾を取ってまわっていた訳です。

―承諾を取ってまわる作業は、検索エンジンを作るにあたって、大きな負担になりますよね。

牧野 ホームページを持っている人がメールアドレスを公開している場合でも、メールにすぐ返信があるとは限らない。無視されるものもあるし、スパムメールと認識されてしまうものもある。「よくわかりませんが、承諾しません」なんて人もいるわけで、ものすごく苦労して承諾をお願いしても、実際に承諾してくれるのはわずか。何千件メールを打っても、せいぜい何十件しか戻ってこない。

   でも、承諾したものしかコピーできない。データベースをつくっても、コピーの承諾が得られないと、その内容をデータベースの機能として使えなくなってしまう。その結果、この検索エンジン自体が回らなくなってしまう。

   そのため、「千里眼」でキーワードを検索しても「not found」「not found」ばっかり出てくる、という結果になったのです。
ところが、グーグルをはじめとする「後発」の検索エンジンを使ってみると、ものすごく良くヒットする。何故かと考えてみると、日本勢は引き続き承諾を求め続けて「3000件達成、6000件達成」とやっていたのに対して、2~3年後に登場したグーグルが自動的にデータを収集して、「10万件達成、100万件達成」とやる。100万件対3000件じゃ、勝つ訳がない。

著作権法が足を引っ張り、情報産業でも「空白の10年」

―日本の著作権法では、「キャッシュをコピーすること」だけじゃなくて、検索するために必要な「インデックス」(索引)を作ることも、著作者の許諾がないと駄目だということなんですね?

牧野 そうなんです。そもそもデータベースを作れない。「そんなの無視して作っちゃえばいいじゃないか。やれば(競争に)勝つじゃん」という考え方もあるとは思うのですが、誰かが訴訟を起こせば、確実に負けてしまう。訴訟リスクが高い上に、著作権法違反は、すぐに警察が動きます。

   「たまごっち」の偽物が登場した時は、全国各地に捜索が入りましたし、JTBが他人の写真を2枚使ったら、それで全国のJTBに捜査が入りました。著作権を守るために、国家権力が最大動員されるんですよ。
そういうことが起こる日本という国で、検索エンジンの違法行為がはっきりして、誰かに「刺された」場合、すぐ警察が動いて、検索エンジンは潰れてしまいます。みんなのためにサービスをやろうと思った人が、刑事事件で前科者になってしまう。 「違法行為でもやるべきだった」とうそぶく人には、検索エンジンの開発者が何に悩んで、なぜやらなかったかを良く考えて欲しい。

   僕ら弁護士だって、相談されたら「やめろ」って言いますから。それが、遵法国家な訳ですよ。新しい技術の発展は応援したいけれども、どうしても手が出ない、足が出ない。
   それに対して海外は、どんどんコピーを取り入れられるようにして、どんどんデータベースを作っている。日本の検索エンジンは穴だらけなのに対して、海外の検索エンジンは、コンマ何秒で大量に結果が出てくる。その結果、97年から2000年の間に、日本のほとんどの検索エンジンは淘汰されて、廃業していきました。そういう意味では、著作権法が足を引っ張り、日本の風土が足を引っ張り、検索・データベース産業が成熟してこなかった。「空白の10年」という言葉がありますが、情報産業でも「空白の10年」だったと思います。データを使うということが、産業として育成されてこなかった。それが日本の限界だったと思います。

―ひるがえって、周辺諸国を見ると、「baidu」(中国)や「naver」(韓国)など、「国産検索エンジン」が幅広く利用されているようです。日本とは、著作権法の扱いが違うようですね。

牧野 韓国・中国の著作権法を見ると、内容は日本とそっくりで、日本の著作権法を参考にしたことがわかります。韓国に至っては、法律の構成までそっくりです。ただし、韓国は「引用」という概念を幅広く使って、判例を積み重ねて、06年の大審院判例で、実質(一定の条件で著作物の利用を認める)フェアー・ユースが認められる形になった。中国は、著作権法を変えずに「通達」という形で「コピーはOK」ということにした。こちらも、事実上フェアー・ユースが認められるようになった。米・中・韓ではフェアー・ユースが認められたのに、日本だけが孤立した形です。

―日本でも、「マーズ・フラッグ」のような、「国産検索エンジン」が登場していますね。

牧野 やはり、法律のしばりで、本格的に展開するのは難しいと思いますね。画像解析・画像検索はだいぶ出てきていますし、いい産業に育ちつつあるようですけれども、やっぱり自由闊達に出来ていない。未だに著作権法を気にしながら、のんびりとやらざるを得ない。まだまだ、法律が足かせになっているのはないでしょうか。

「言語文化は、多数決ではない。歴史を抹殺していいのか」

―ヨーロッパでも、「クエロ計画」(フランス)や「テセウス計画」(ドイツ)など、検索エンジンを開発しようとする動きがあるようですね。

牧野 フランスのジャン・ノエルが、フランスの文化を守るためのデータベースをつくっていて、これは明確に「対グーグル」であることがわかります。現状では、フランス語で検索をかけても、英語で答えが出てきてしまう。こんな状況に、フランス人は強い危機感を持っています。

   彼らの主張では、検索エンジンで上位に出てくるものが普及するということになると、少数民族、少数説が、どんどん無視されていく。人数が少ない民族の言葉は、存在しないことになってしまう。「言語文化は、多数決ではない。歴史を抹殺していいのか」という思いが、あの国にはあるんです。

   多くの国が、自国の文化を大事にしようと思って、グーグルに対抗できるものをつくって、きちんとコントロールしようとしている。反面で、日本は、「日本の文化や歴史を大切にする」という前提に立った産業育成をしてきていない。

―そうは言っても、現在は、グーグルが「デファクト・スタンダード」。利用者からすると、特に不自由しているようには感じませんが、現状の問題点は何でしょうか。

牧野 今、日本のことを知ろうと思うと、太平洋を越えて米国の検索エンジンを動かして、その答えが日本に戻ってくる、という形です。日本と米国が対立したら、一気に検索できなくなるのではないか、という可能性があります。

   天安門事件のことを思い出してください。「天安門事件」という言葉は、中国のグーグルでは検索できません。中国政府とグーグルが手を組んで、国民に与える情報をコントロールしている、というのは歴史的な事実。そう考えると、その国に進出するためには、その国に国家と取引をする。例えば日本の政府がグーグルに何らかの要求をすれば、検索しても表示されない言葉が出てきてしまう。これは危険な状態です。

   さらに、米国では政府機関が盗聴することが認められているので、我々の通信の秘密なんてあったもんじゃありません。我々のデータはすべてテロリストと同等に扱われて、精査されています。日本の天才が何か考えていても、それは筒抜けになってしまうというのが現実。これでは、主権国家としてまずいと思う。現在は「情報属国」のようなもので、冷静に、米国とは対等な関係を結び、自立しないといけない。そのためには、自国の検索エンジン、頭脳を持つことが必要なんです。

<牧野二郎(まきの・じろう)弁護士 プロフィール>
1953年、東京生まれ。中央大学法学部卒業後、83年弁護士登録。山梨大学などで講師をするかたわら、財団法人インターネット協会評議委員、文書の電磁的保存等に関する検討委員会委員も務める。インターネットを通じて市民は成長し、自立すると考え、IT弁護士の異名を持つ。著書に「やりすぎが会社を滅ぼす!間違いだらけの個人情報保護」「個人情報保護はこう変わる-逆発想の情報セキュリティ」など。

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