2019年 12月 15日 (日)

北京の私服警官だらけの光景 新聞はどこまで伝えきれたのか
(連載「新聞崩壊」第2回/佐野眞一さんに新聞記者再生法を聞く)

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何を聞くか何を見るか、の感度が衰えている

――新聞記者を「再生」し、読者の信頼を取り戻すには具体的にどうしたらいいのでしょうか。

佐野 新聞記者の使命とは何かを改めて考え直すべきだ。テレビやネットがどんどん速報する中、論評の力を磨く必要がある。それには常に歴史観を意識し、企画力をつけていかなければならない。今度出した本「目と耳と足を鍛える技術―初心者からプロまで役立つノンフィクション入門」(ちくまプリマー新書)では、読む力の大切さを訴えています。文字を読むだけでなく、人の気持ちや危険を読まなければならない。人の言っていることを正しく聞き取り理解して、それを伝える―これができれば少々の困難は乗り越えることができるのです。
もっとも、読む力は普通の人にとっても大事なことで、根源的な身体能力の一部だと思う。新聞記者たちにとっては、読む力は一層大事なはずなのに、衰えてしまっている。北京五輪の開会式取材でも感じたが、何を聞くか何を見るか、の感度は、常に訓練してないと磨かれない。具体的方策、というのはなかなか難しい。読む力、歴史観を常に意識して訓練すること、そして会社がそうした努力と結果をきちんと評価することが必要だと思う。

――論評力と歴史観の関係をもう少し詳しく教えて下さい。

佐野 例えば、「カリスマ」で書いた中内功(正しくは右のつくりは「刀」)さんのダイエーが2004年、産業再生機構に入れられてとどめを刺された。これを当時の新聞は拡大路線のつけがきた、とか誰でも言える近視眼的な論評しかできなかった。そう単純ではないと思います。米国の力がどこか背後で働いた、戦後経済史上最大のドラマとも言うべき動きで、まさに「歴史が動いた」瞬間だった。フィリピンでの戦争体験をもつ中内さんにとっては2度目の「敗戦」でもあった。こうした歴史観を持っていないと論評力がつくはずがない。

――先ほど話に出た北京五輪の開会式で感じられたことは。

佐野 拍手の音をちゃんと聞き分けた報道は見受けられなかったように思う。演出がすばらしい、とかそんな程度だった。すごい拍手だったのはタイペイ(台湾)のときだった。やっとオレたちの偉さが分かったか、という訳だろう。パキスタンの時も大きかった。パキスタンが中国の「敵」インドと敵対しているからで、敵の敵は味方だという心情だろう。逆に胡錦涛(国家主席)への拍手はブッシュのときより弱かった。これは人気がないな、と感じた。こうした耳の感度を持ちうるかどうかも大切だ。雑然としたさまざまな音の中でどこを聞くか、という問題です。

――どこを聞くか、ということはどこを見るかにも通じますね。

佐野 そうです。聞く感度、見る感度、これをもってないと目の前の光景を見ているようで見てないことになる。北京の私服警官だらけの光景を、制約はあったろうが、新聞はどこまで伝えきれただろうか。

佐野眞一さん プロフィール
さの しんいち 1947年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経てノンフィクション作家に。1997年、「旅する巨人」で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。著書に「巨怪伝」「だれが『本』を殺すのか」「甘粕正彦 乱心の曠野」「沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史」など。

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