2021年 10月 21日 (木)

番付上位は外国人ばかり 魁皇引退で大相撲ピンチ

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   大関魁皇がマゲを切る-。通算最多勝利という花道を自ら作って土俵を去った。不祥事が続き、再生を誓った大相撲にとって、この日本人トップ力士の引退は痛い。後継者は誰になるのか。

通算最多勝、横綱になっていたら達成できなかった?

「攻めるという気持ちがなくなった」

   魁皇は引退の理由をそう言い表した。それが「自分の相撲が取れなくなった」ことにつながり、最後の決断をしたというのである。名古屋場所10日目(2011年7月19日)、大関琴欧州に敗れ、23年間、通算1047勝の最多記録を土俵に残して別れを告げた。38歳の夏だった。

   5日目に旭天鵬に勝って新記録を達成したとき、それまでの記録保持者だった元横綱千代の富士(現九重親方)は「しっかり相撲を取れば、結果はついてくる」と言った。勝つことの重みを知っている者の賛辞だった。

   ただ、大記録を全面的に評価する声ばかりではないことも事実だ。「横綱を張った千代の富士とは内容が違う」との見方だ。これはファンの思いとは異なる「プロの目」。

   横綱と大関の違いがそこにある。横綱は最高位に就いた瞬間から「引退のことを考えて土俵に立つ」厳しい立場で、優勝争いが出来なくなれば引退の声が出るし、横綱審議委員会から「引退勧告」も出る。大関にはそれほどの圧力がかからない。魁皇が横綱だったらこんなに長く相撲を取れなかっただろう。カド番13回でも許された大関ゆえの記録達成ともいえる。

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