2020年 10月 24日 (土)

皇太子さまからの「求婚」 家族の一部は反対しているが、「それでも私は」と決意
元「お妃選び班記者」の取材ノートから(8)

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真っ青な表情で目には涙を浮かべていた

――そこで美智子さまと会えたのですね。

佐伯 ロビーにいくと、正田家4人が全員、憔悴した表情をしている。美智子さんは真っ青な表情で目には涙を浮かべている。よほど激しい反対が兄たちからあったのだろうか、重い雰囲気だった。
   とても話せそうな状態じゃないなと思ったけど、冨美さんが「ロビーのあちらで2人で話したら。20分ぐらいにして下さい」と。すると美智子さんが自分が率先するかのように先に歩いていった。幸い人気はなくて2人で、はす向かいに座った。

――どんな質問をしたのですか。

佐伯 美智子さんのあまりの疲れた様子にぼくは本題に入れなくて、外遊の話なんかをしているうちに約束の20分は過ぎてしまった。ぼくが話を切り上げようとすると、美智子さんの方から、「旅行の話を聞きたいわけではないのでしょう」と切り出して、「ひとつだけ分かっておいて頂きたいの」としっかりした口調で話し出した。
   「私がどんな方とごいっしょになることになっても、それはその方自身が、本当に私の結婚の理想にあてはまる方だからということです。私はこれまで私なりに結婚の理想や、理想の男性像というものをもってきました。その理想をほかの条件に目がくれて曲げたのでは決してないってことを......」
   これは何というか、皇太子さまとの結婚を受けるという決意宣言のようなものだと思った。家族の一部は反対しているが、それでも私は、という強い意思を感じた。振り返ってみれば、この家族会議は、お妃決定物語の中でも歴史的なタイミングだった。そこに居合わすことができたのは本当に幸運だった。

<編集部注:佐伯さんが当時のことを語る際、「民間」時代の美智子さまのことは「美智子さん」と表現しています>


(佐伯晋さんプロフィール)

1931年、東京生まれ。一橋大学経済学部卒。1953年、朝日新聞社入社、社会部員、社会部長などを経て、同社取締役(電波・ニューメディア担当)、専務(編集担当)を歴任した。95年の退任後も同社顧問を務め、99年に顧問を退いた。

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