2020年 5月 25日 (月)

編集長からの手紙
36年後の続報、自殺した試験管ベイビー第2号医学者の遅すぎる名誉回復

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ムケルジー博士はなぜ自殺したのか

   私が日本へ帰任した後の1981年、新聞の片隅に、ムケルジー博士の自殺の記事が目に留まった。博士の自殺はなんだったのか。それ以来、私の頭から離れない、苦い思い出となる。

   インドからメールを送ってくれた青年を通じて、私を探していたのは、ムケルジー博士のチームにいたスニット・ムケルジー博士だった。彼は卵子の冷凍保存を担当していた。

   スバシュ・ムケルジー博士はなぜ、自殺したのですか。一番聞きたいことをメールで送った。

「彼は壁に押し付けられた。もう、展望はなかった。たぶん、彼には自殺しか残された道はなかったのだと思う。経緯は私が書いた本を読んでほしい。これから送る」

   ムケルジー博士は京都大学に招かれて、日本で研究発表する予定だった。私が連絡の仲立ちをした記憶がある。しかし、州政府は拒否、博士は出国できなくなった。そして、博士は閑職に追いやられ、研究は出来なくなった。

   当時のインドは左翼全盛で、特にカルカッタの西ベンガル政府は急進的だった。激しい政治闘争の最中にあり、医学者や研究者の間では派閥闘争もあった。博士はそうした「闘争」に巻き込まれ、その成果を認めたくないグループが「神への冒涜」ということで彼を押しつぶしたということなのだろうか。私を探していたスニット博士が私に渡したかったという本の中に、そのあたりのことが詳しく書かれているに違いない。

   気がかりだったもう一つは、ドルガちゃんはどうしているのか、だった。たとえインチキだったとしても、生まれた子どもは存在する。インドからの知らせによれば、彼女は結婚し、近く赤ちゃんが生まれる予定だという。連絡先も伝えてきた。ほっとしたが、彼女の人生の道のりはどうであったか、聞いてみたい

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