2021年 9月 21日 (火)

編集長からの手紙
「田中角栄」はやっぱり死んでいない ロッキード事件から40年

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田中邸が神楽坂一方通行の理由という「都市伝説」

   多くの都市伝説も生んだ。東京・神楽坂は午前中が下り、午後が上りの一方通行となっている。「これは元首相が神楽坂の家に通うために公安委員会が規制をした」。これを一笑に付したのは神楽坂に住む元首相の長男。「誰が作った話ですかねえ」。

   しかし、彼が話してくれた次の話は本当かもしれない。

   1966年、ビートルズが来日した。ある日、角栄氏は長男にビートルズを知っているかと聞いた。音楽関係の仕事をしていた長男の得意分野だった。どんな曲か聞かせろ、という。長男はイエスタデイを選んで聞かせた。「おう、いいじゃないか」と父は言った。間もなくビートルズのビザは発行されることになったと長男は言う。いろいろの曲の中で、父が好きそうなのを選んだのだという。父は当時、自民党幹事長だった。

   政治資金の公私混同は、現在の比ではなかった。ロッキード事件は表面化したが元首相には危ない話がたくさんあった。立花隆氏が追及した信濃川河川敷問題はその典型的な事例である。

   近年と言ってもちょっと古いが、原発用地がらみの裏献金疑惑。2007年12月に新潟日報が「柏崎原発用地の売却益 4億円田中元首相邸へ 総裁選前年 闇献金流用か」という特ダネを掲載している。国家老本間幸一氏が日報記者に明かしたとある。

   40年前、闇献金、裏金、政治資金の公私混同のネタは尽きないほどあったが、これは現在もなくなっていない。舛添要一氏の公私混同なんて、みみっちいものである。

   しかし、40年の間に大きく変わったものがある。経済環境だ。角栄の時代は高度成長の絶頂期、人口も増え、経済も成長していた。今は低成長の時代である。元首相の気前のよい話はもうなくなった。「田中角栄は死なず」という幻想だけが残って徘徊している。

J-CASTニュース発行人 蜷川真夫

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