2024年 4月 26日 (金)

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
五番街、警官も支持するベトナム戦争以来のデモ 

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   あんな五番街を見たのは、初めてだった。マンハッタンの中心を南北に貫く大通りの中心部が、人とプラカードで埋め尽くされた。私は、アメリカ人の友人たちと待ち合わせ、彼らのひとりから手渡された小さな星条旗を手に、数十万人とともにトランプタワーへ向かって行進した。

   大統領就任式の翌日(2007年1月21日)に行われたWomen's March(女性の大行進)。もともとワシントンDCで企画されたこの草の根の運動は、ニューヨークをはじめ全米各地、そして世界中に広がった。

  • ブランドショップの2階から見た、五番街の「女性の大行進」
    ブランドショップの2階から見た、五番街の「女性の大行進」
  • ブランドショップの2階から見た、五番街の「女性の大行進」

デモの女性が「猫耳帽子」をかぶる理由

   「こんな大規模な反対運動は、ベトナム戦争以来、見たことがない」とその時代を知る人たちは、口をそろえる。

   主催者らはこのデモについて、「女性の権利を人類の権利とし、さらに広く、移民、人種、性的少数者、宗教、環境保護、ヘルスケアなどに関する法律や政策において、人権と公正が守られるように」連帯して声をあげるもので、「具対的にトランプ新政権を批判するのが目的ではない」としていた。が、当日は、女性や移民、マイノリティ(少数者)に対するトランプの発言が差別的である、と抗議する人たちで、五番街はあふれた。

「Say it loud! Say it clear! Immigrants are welcome here!(大声で言おう! はっきり言おう! ここで移民は歓迎、と!)」
「Donald Trump has got to go! Hey hey, ho ho! (ドナルド・トランプは去るべきだ! ヘイヘイ、ホーホー!)」
「The people united will never be defeated!(団結する人々は、決して負けない!)」

   誰かが声をあげると、皆が一緒になって大声で繰り返す。

   男性や家族連れも多い。車椅子で行進する女性もいた。

   この街で生まれ、ここにずっと住み続けてきた88歳の女性は、生まれて初めて行進に参加したという。

「品のかけらもないトランプに、私の国を代表してほしくはない。ここに来て、声をあげずにはいられなかったのよ」
 

   大行進では、女性器を表す卑語「pussy(プシー)」が、盛んに飛び交っていた。以前、トランプが男同士の会話で、「スター(人気者)には、女は何だってさせるさ。あそこをつかむ(grab them by the pussy)んだって、何だって」と口にしたことに対する抗議だ。

   多くの女性たちが、猫耳の付いたニット帽「pussy hat(プシー・ハット)」を被って参加した。「pussy cat(プシー・キャット)」は「子猫ちゃん」という意味があるからだ。

   仕事仲間と参加したグラフィックデザイナーの男性(32)は、

「トランプは自分のことしか考えてない。恐怖をあおり立てて、支持を得ているだけだ」

と激しく批判する。

   生後8か月の赤ちゃんにお乳をあげながら歩く若い母親は、「トランプ氏、この子の将来はあなたにかかっています」と書かれた大きなサインを首にかけている。

「アメリカはまさに、こんな国だ!」

   私は人込みを抜けて、五番街に面する高級ブランドショップへ入ってみた。店内に客は1人もいない。暇な店員たちが2階の窓から大行進を見下ろしている。

  

   イタリア系の60代くらいの男性店員に、「商売上がったりね」と私が声をかけた。

「まったくだ。いつも土曜日の今頃は、客でいっぱいだよ。ま、仕方ないさ。彼らにはデモする自由がある。私はトランプを支持した。でもヒラリーはとてもいい人だよ。ここの顧客だから、時々、見かける。もう、トランプが私たちの大統領なんだ。失望した人たちはいるが、彼にチャンスを与えてやらなきゃ」

   無数の小さな人の波が、「Show me what America looks like!(アメリカがどんな国か、見せてくれ!)」、「This is what America looks like!(アメリカはまさに、こんな国だ!)」と叫びながら少しずつ前進していく様子を眺め、まさにこれがアメリカ、これがニューヨークだと思う。

「商売は困ったもんだが、デモはこれから何度もあるだろう」
 

そう言って、店員はほほ笑んだ。

   私は店を出て、行進を見守る警官に「五番街で別のデモが予定されているの?」と尋ねた。

「今日ってことか? それともこの先4年間で、ってことか?」

   警官も私も思わず、苦笑した。これからトランプが任期を終えるまで、激動の日々が続くと、彼も覚悟している。

「I'm all for it.」(俺は全面的にデモを支持するさ) 
        

そう言うと警官は、笑顔で右の親指を立てた。(敬称略。随時掲載)


++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社 のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓 を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1 弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法 の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育 事情」(ともに岩波新書)などがある。


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