2024年 4月 24日 (水)

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち アイルランド系「移民」の歴史が語ること(前編)

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   記録的な大雪が降った翌々日(2017年3月17日)の午後、まだ雪に覆われたニューヨーク・マンハッタンのセントラルパークを西から東に横切っていると、バグパイプの音が近づいてくる。

   五番街に出ると、この日のために雪はきれいに清掃されていた。午前11時に始まったSt. Patrick's Day Parade(セント・パトリックス・デー・パレード)は、五番街を44丁目からセントラルパークの方に向かって、北へ79丁目まで行進する。アイルランドにキリスト教を広めた、同国の守護聖人・セント・パトリックの記念日(命日)だ。

  • 3月17日にNYマンハッタンで行われたセント・パトリックス・デー・パレード
    3月17日にNYマンハッタンで行われたセント・パトリックス・デー・パレード
  • 3月17日にNYマンハッタンで行われたセント・パトリックス・デー・パレード

待ち受けていた激しい差別

   愛国歌「America the Beautiful(アメリカ・ザ・ビューティフル)」を演奏するバンドが近づくと、緑のセーターにベレー帽姿の男性がそれに合わせて大声で歌い始めた。彼の両親は、アイルランドからの移民だという。

「子供の頃、パレードに参加していたよ。昔はもっと規模が大きくて、時間も長かったのさ。移民の数も多かったからね」

   ニューヨークのセント・パトリックス・デー・パレードは今も、世界で最も規模が大きい。現在のような形のパレードが始まったのも、アイルランドではなく、アイルランド系移民の多いニューヨークだった。

   1880年代のアイルランドのジャガイモ飢饉の時に、自分の先祖がニューヨークに渡った男性は、「アメリカは自分たちを大量に受け入れてくれたんだ」と熱く語る。 その前の産業革命期にもアイルランドからの移民はいたが、ジャガイモ飢饉で数百万人が命からがらカナダやアメリカに移った。渡航船は「棺桶船」と呼ばれ、想像を絶する環境だった。しかし、無事、アメリカの地を踏んだ彼らには、激しい差別が待ち受けていた。

   白人であってもアングロサクソン系プロテスタントでなく、当時のアメリカ人の多くの祖国であるイギリスの支配下にあったからだ。アイルランド人は「怠慢」「無知」「酒好き」などとレッテルを張られ、低賃金で劣悪な環境の、あるいは危険な仕事にしかありつけなかった。

   「No Irish need apply (アイルランド系はお断り) 」――。こんな言葉が、求人広告でよく使われていた。

   やがて、ニューヨーク市の移民の4人に1人がアイルランド系となり、市内のアイルランド系人口が故郷の首都ダブリンを超えた時期もあった。

   今、アメリカでは、10人に1人がアイルランド人の血を引くといわれる。ニューヨークの移民パレードのなかで、セント・パトリックス・デー・パレードは最大で、最もよく知られている。

   この日、五番街を次々に通り過ぎるパレード参加団体を、アイルランド系の見物客らが指さし、「あの高校生たちは、従弟が住む州から来たんだ」、「あの大学は、父親の母校だ。声援しなきゃ」「夫の兄弟も消防士なのよ」などと声をあげ、さまざまな形で連帯感を感じていることが伝わってきた。今のアイルランド系はアメリカ社会に完全に溶け込んでいるものの、そのアイデンティを強く持ち続けている人が多い。

   ニューヨークなど都市部の警察官、消防士には、今もアイルランド系が目立つ。パレードで制服姿の警察官や消防士が行進してくると、同胞たちは熱いまなざしで敬意を込めて、拍手と歓声を送る。

政権中枢に多くの「末裔」たち

   過酷な差別の時代を乗り越え、人口の多さを武器に、アイルランド移民は結集した。政治的パワーを持ち、アメリカ社会全体に影響を与えてきた。ジョン・F・ケネディ氏などアイルランド系アメリカ人の大統領が誕生し、今のトランプ政権の中枢にも、マイク・ペンス副大統領、大統領の右腕で「陰の実力者」といわれるスティーブ・バノン首席戦略官・上級顧問、ショーン・スパイサー大統領報道官、ポール・ライアン下院議長など、アイルランド系が目立つ。

   アイルランド系アメリカ人のなかには、「ジャガイモ飢饉の時、自分たちも難民同様だったのに、それをすっかり忘れてしまったのではないか」と新政権を厳しく批判する声もある。

   パレードの日、トランプタワー近くで、行進する人々に向かって大声で叫び続ける50代くらいの白人男性がいた。

「God bless America! God bless freedom and democracy! (神よ、アメリカを祝福したまえ! 自由と民主主義を祝福したまえ!)」
「アイリッシュを祝福し、アメリカを祝福する素晴らしいパレードだ」

   そして、くるりと振り返ると、パレードを見ている人たちにこう呼びかけた。

「God bless you. Enjoy the parade. Thank you for being a part of it!(あなたたちに神の恵みがありますように。パレードを楽しんでください。これに参加してくれて、ありがとう)」
   

   周りから、拍手と歓声が沸き起こる。

   パレード参加者にも見物客にも、アイルランド系でない人たちはたくさんいる。パレードを見に来なくても、アイルランド系でなくても、当日は緑色のものを身に着ける人が多い。自分たちを移民として受け入れてくれたアメリカに、この日、感謝の思いを新たにする人たちは、アイルランド系だけでない。

   トランプ大統領の移民政策で大揺れに揺れるアメリカで、しかも、ニューヨークではトランプタワーの目の前で、移民国家アメリカを祝福する人たちの声がこだまする。

(後編に続く。随時掲載)


++ 岡田光世プロフィール
岡田光世(おかだ みつよ) 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社 のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓 を描いている。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1 弾から累計35万部を超え、2016年12月にシリーズ第7弾となる「ニューヨークの魔法 の約束」を出版した。著書はほかに「アメリカの 家族」「ニューヨーク日本人教育 事情」(ともに岩波新書)などがある。


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