2020年 4月 8日 (水)

目指すは「未来の日本代表」が合宿できるピッチ 
Jヴィレッジ、復興への新たな一歩

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小学生の全国大会こそ「復興」のシンボル

   Jヴィレッジの復興を後押ししたのは、2013年9月の東京五輪・パラリンピックの開催決定だった。原発事故後、12年11月から徐々に撤収がはじまり、13年3月末には一部を除き完全撤収。14年5月にJヴィレッジ復興プロジェクトが結成され、翌15年1月には「新生Jヴィレッジ」復興・再整備計画が策定された。

   少しずつ動き出したJヴィレッジだが、小野さんには不安のほうが大きかった。一つはホテルの従業員など、人手の問題だ。「この7年間、ずうっと営業していなかったわけですから。当時のスタッフの中には、現在も仮設住宅で暮らしていたり、福島を離れてしまったり、それぞれに事情がありましたからね」。

   それだけではない。今でこそピッチは青々とした芝生で覆われているが、当時、そこに芝生はなかった。むきだしの土にアスファルトや砂利が撒かれ、鉄板が敷かれた場所は資材置き場と化していた。安心して利用できるようにするには、除染作業も必要になる。そういったすべてを、原状回復しなければならなかった。

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「子どもたちのプレーを通じて、福島が元気になる」(小野俊介さん)

   そして、なにより「利用者が戻ってきてくれるのか」、心配だった。1年前、JFAがサッカーをやっている子どもを持つ保護者に、J ヴィレッジの利用についてアンケート調査を実施したところ、約半数が「不安がある」と答えた。

   小野さんは「今もなお、震災直後の(事故対応の前線基地として利用されていた)印象が強く残っています」と、こぼす。

「大切なお子さんを、放射線の危険性があると思われている場所で合宿させるなど、ためらうのは当たり前でしょう。ただ、そんな懸念を払しょくするためにも、日本代表にJヴィレッジでプレーしてほしいんです。その姿を見て、子どもは(Jヴィレッジへ)行きたいと言い、親御さんも安心して送り出せる。1日も早く、そうなりたいんです」

   目指すは、多くの小学生がピッチに立つ「全国少年サッカー大会」の開催。震災前の2006~10年(5回)に開いていた、この大会を再び開催することが一番の復興のシンボルになると、小野さんは信じている。「子どもたちのプレーを通じて、福島が元気になった姿を全国に見せることで、帰還を悩んでいる地元の人が戻ってこようと思える、その起爆剤になるはずです」とも。

「Jヴィレッジを震災前のように、活気あふれる姿に再生することが夢なんです」
プロフィール

小野 俊介

(おの・しゅんすけ)

株式会社Jヴィレッジ 専務取締役

1998~2005年、日本サッカー協会 (JFA)に勤務。その後、日本協会女子委員などを歴任。(株)日本フットボール・ヴィレッジ(現・Jヴィレッジ)取締役統括部長を経て、13年7月に常勤取締役。16年5月から現職。

東日本大震災当時は、東京電力女子サッカー部マリーゼのゼネラルマネージャー(06年就任)としてJヴィレッジに勤務していた。「福島はいいところ。老後も住みたい」という。

東京都出身、60歳。


Jヴィレッジ

1997年、日本サッカー協会(JFA)と日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)、福島県、東京電力などが出資して設立。改装したホテル棟は、合宿タイプの4ベッドの客室38室とシティホテルタイプのツインの客室45室を用意。スタイリッシュな客室を中心とした117室の新ホテル棟を加え、最大470人が宿泊できる。フィットネスジムや300人収容のコンベンションホール、研修室なども備えた。

天然芝5面と人工芝1面、雨天練習場やアリーナ、天然芝のスタジアムなどは、今夏から利用できるほか、秋には人工芝1面、国内初の施設で人工芝のピッチが入るDOME全天候型練習場の利用が、2019年春には天然芝2面の利用も可能になる。

2019年開催のラグビーワールドカップでは、トップリーグのチームが合宿を検討。また、20年の東京五輪に向けてはサッカー日本代表が事前合宿で利用することが決まっている。今後は企業の社員研修やセミナーなどにも注力する方針で、ドローン操縦者の合宿研修や最近話題のeスポーツのイベントなどの開催が検討されている。

8月には約7000人の宿泊予約が入っている(6月20日時点)。

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