2020年 10月 27日 (火)

稀勢の里引退 「昔ながらのお相撲さん」がブルーハーツ熱唱した夜

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「TRAIN-TRAIN」歌詞に思い載せるように

   初土俵から十両、幕内までスピード出世を果たし、初めて3役に昇進したころには未来の横綱を誰もが疑わなかった。だが、2012年初場所(1月)で大関に昇進してから足踏みが続いた。2014年初場所では7勝8敗と、カド番を経験し、大関陥落の危機にさらされた。

   大関でもがき苦しんでいた当時、稀勢の里と酒を酌み交わしたことがある。かつての師匠である鳴戸親方(元横綱隆の里)の教えで、普段からあまり酒を口にしないという稀勢の里だったが、その日は後援者へのサービスもあってか、カラオケで美声を披露した。

   その時、稀勢の里が熱唱したのはパンクロックバンド、ブルーハーツの「TRAIN-TRAIN」(トレイン・トレイン)だった。当時、横綱昇進を期待されながらも幕内優勝が出来なかった稀勢の里は、歌詞に自身の思いを乗せたように熱唱していたのが印象的だった。

   横綱昇進後、8場所連続で休場したことから休場のイメージが強いが、実際、稀勢の里は「休場しない力士」だった。初場所から横綱昇進まで休場したのはわずか1度で、それも千秋楽に1日休場しただけだった。

   そんな屈強な体の持ち主もケガには勝てなかった。横綱に昇進してからは、ケガをしても完治しないまま土俵に上がり続け、結果、ケガが悪化するという悪循環に陥った。横綱に言い訳は許されない。これこそが角界の屋台骨を支える横綱の宿命なのだろう

   土俵上で常に険しい表情で相手と対峙し、負けた日の支度部屋では無言を貫いた稀勢の里。大関時代、酒の席でパンクロックを熱唱していた稀勢の里。どちらも同じ稀勢の里だった。ボロボロの体で土俵に立ち続けた32歳の横綱が、ついに土俵に別れを告げる。

(J-CASTニュ-ス編集部 木村直樹)

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