2019年 10月 19日 (土)

「『ご多忙』は『亡』があるからNG」ってホント? 根拠不明の「忌み言葉」が生まれるプロセス

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   日本語に関するもっともらしい、でも根拠は曖昧な「マナー」を見たことはあるだろうか。最近もこんな一幕があった。あるテレビ番組で、葬儀での喪主の挨拶について、「本日はお忙しい中...」ではなく「ご多用の中...」が正しいと、僧侶がコメントしていた。その理由は、「忙」という字に「亡」が含まれており死を連想させる、そしてこのような縁起の悪い言葉は「忌み言葉」といい、冠婚葬祭の場では避けるべきとされている――というものだった。

   しかし、これに国語学者で国語辞典編集者の飯間浩明さんは、ツイッターで疑問を表した。飯間さんは「最近のトンデモマナーの類ではないかと疑っています」と投稿し、学術的な根拠はないとしたのだ。

   本当に「忙」は「亡」が含まれるから使ってはいけない文字なのか。J-CASTニュースが取材を進めると、「俗流マナー」ともいうべき風説が拡散される構図が見えてきた。

  • 「忙」を分解すると「亡」があるのが不吉?
    「忙」を分解すると「亡」があるのが不吉?

新旧のマナー本でも「ご多忙」OK

   「葬儀などで『忙』は縁起が悪くNG」という説、どの程度信ぴょう性があるだろうか。

   まずネット上で冠婚葬祭マナーでの言葉遣いを解説するサイトを見ていくと、意外にも「ご多忙」を挨拶の例文として載せているものは少なくない。葬儀会社のサイトでも「ご多忙」が載っており、「忙」が冠婚葬祭の場で全くの御法度というわけでもなさそうだ。

   さらに書籍を調べていくと、1979年発行の『冠婚葬祭 結婚のすべて』(保育社)では、新郎挨拶の例に「お忙しいところ...」とあり、新郎の父親の挨拶スピーチ例文でも「ご多忙中にも」と書かれていた。また2011年発行の『冠婚葬祭マナー大事典』(学研パブリッシング)でも、葬儀での喪主あいさつの文例に「本日はご多忙のところ」と書かれていた。昭和の昔でも今でも「ご多忙」を使ってもマナー違反ではないらしい。

   しかし、冠婚葬祭に限らず、マナーとして「ご多忙」ではなく「ご多用」の方がふさわしいという言説はネットで根強いようだ。「ご多用」「ご多忙」を並べて検索すると、主にビジネスマナーでの言葉遣いを解説したサイトが多くヒットする。そこには、「忙」が死に通じるとして、「結婚式などで『ご多忙にもかかわらず』と言うのはふさわしくない」「『ご多忙』を使うのを嫌う人がいる」という調子で、「ご多忙」を使うべきでないという見解が掲載されていた。

   また2017年発行のマナー本にも「『多忙』という字を嫌う人もいます」という項目があり、字のつくりを気にする得意先や上司もいるため、「ご多用」であれば問題ないとの記述があった。

   本来の「忙」の字の成り立ちを調べると、この字は形声文字で「亡」のつくりは発音を表しているだけである。ゆえに「忙」と「亡」は音読みが同じ。また元は「ぼんやりしている」の意味があり、「いそがしい」の意味になったのは8世紀頃からだという(『常用字解』白川静著、平凡社、2003)。「忙」の成り立ちに、前述の俗説はあまり関係は無さそうだ。

30年前の書籍に「心を亡くす」が書かれていた

   「忙」は「心を亡くす」につながるという考えは、日本のフィクサーとも呼ばれた陽明学者の安岡正篤(1898-1983)が信条としていた。死後に出された自著『新憂楽志』(明徳出版社、1988年刊)で安岡は、座右の銘とする思想「六中観」を掲げ、その中で

「忙中 閑有り。ただの閑は退屈でしかない。真の閑は忙中である。ただの忙は価値がない。文字通り心を亡うばかりである。忙中閑あって始めて生きる」

と述べている。これが「元ネタ」という確証はないが、ビジネス書や自己啓発書で「心を亡くす」が散見されるようになったタイミングと近い。

   まとめると「忙」「多忙」をかしこまった場で使うことは、必ずしもマナー違反ではなかった。しかし、「多忙」よりも「多用」の方がふさわしい理由づけとして、「忙」は「心を亡くす」という発想が徐々に日本社会に広がり、「忙」のつくりに着目し、忌み言葉に数えられるようになったのではないだろうか。

   そしてインターネットでのマナーサイトの林立がそれに拍車をかけた。忌み言葉に限らず、根拠の曖昧な言葉のマナーや礼儀作法がネット上では飛び交っており、それがテレビ・書籍などの影響力があるメディアに取り込まれてマナー化される現象が起きている。

ネットでは「刺激的」であれば拡散される

   ITジャーナリストの井上トシユキ氏は、このようなマナーのほかにも「江戸しぐさ」をめぐって同じような俗説の流布が起きていると指摘する。もともと「忌み言葉」「江戸しぐさ」のようなフワリとした俗説はネットで受け入れられやすく、PV(ページビュー)稼ぎのために根拠のあやふやな記事も数多く掲載するネットコンテンツにより、さらに流布される。

「根拠がなくても中身が刺激的であれば、拡散できるのがネット社会です。特にマナーや言葉遣いにまつわるもっともらしい風説は、読み手が『大義名分』を得た気になり、拡散されやすいのではないでしょうか。『忌み言葉』に限らず、『お世話になります』が失礼ではないか、といったような、マナーをめぐっての俗説と論争がたびたび発生します」

と、井上氏は俗流マナーが広がりやすいネットの特徴を解析している。

(J-CASTニュース編集部 大宮高史)

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