2024年 4月 23日 (火)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(13)科学と政治のあいだはどうあるべきか

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必要な「論拠」の提示

   人材養成の機関であるCoSTEPも、科学技術を専門に扱うだけに、コロナ対応では気をつかった、という。池田さんはこう振り返る。

「データとして出せるエビデンスがない段階では、昨日まで正しいとされていたことが、今日覆る、ということもある、飛沫感染や空気感染の可能性についても、3月の修了式では、明確なことはいえない状態だった」

   ここで特任助教の朴炫貞(パク・ヒョンジョン)さん(36)が発言した。「コミュニケーション」の実践を重視するCoSTEPには、科学の専門家だけでなく、多彩なスタッフが集まっている。武蔵野美術大学大学院で学び、造形で博士号を得た朴さんは、メディア・アーティストだ。朴さんはアートを通した科学技術コミュニケーションの可能性を追求してきた。

   「結局、修了式には北大の学生だけが来て、韓国の修了生も来られなかった。私は科学者ではないけれど、何かを聞かれたら、判断だけでなく、その判断に至ったプロセスと、根拠になる事例や情報を同時に示すよう心がけてきた」という。

   緊急事態宣言が解除され、社会活動は徐々に再開しつつあるが、首都圏での感染が再び広がる兆しもあり、アートの分野、つまり美術や演劇、音楽関係者は依然として厳しい状況に置かれている。

「今少しずつ美術館なども活動を再開しているが、開けば感染の恐れがあり、開かなければ職を失うというぎりぎりの選択を迫られているところが多い。結局は一人ひとりの決断だが、日本では、行政の支援を受ける大きな公共施設が判断し、ほかの人が追随する傾向が強い。政策決定がどうしても遅くなる。今回は、クラウドファンディングなどを通して、市民の側からアートを守ろうという世論のボトム・アップの力が多くの分野で見られた。そうした動きに、行政が追いついていないように思う」

   ここで、この春まで日本科学未来館で4年間、科学コミュニケーターを務めてきた博士研究員の梶井宏樹さん(29)が発言した。

「未来館は、科学的な知見に基づいた独自のガイドラインを作成するなどして、6月3日から開館している。チケットは事前予約制だ。国の予算で運営され、1日に数千人が訪れる公共施設ゆえの大変な苦労があっただろう。ただ、未来館では閉館中もさまざまな情報発信を行っていた。例えば、4月1日から、感染症の専門家に質問して答えてもらう『わかんないよね新型コロナ』という番組をニコニコ生放送で流し、合計43回で、延べ約16万人がアクセスしたという。こうした目を見張る取り組みは、『今、自分たちにできることは何か』という問いに対して職員ひとりひとりが真剣に向き合った結果だと、元職員として想像する。朴さんの話と合わせて、さまざまな階層での、ボトムアップの力の必要性を改めて感じた」

   ここで私が、英米に比べ、日本の研究機関や大学などで、コロナ問題について発信することがあまりなかったことを指摘すると、池田さんが答えた。

「そもそも科学研究者は情報発信のプロではないので、全員が上手に発信できるわけではないし本来はその役割にない。それでも一部の研究者は積極的に発信をしている。例えば北大の研究者の例では、エボラウイルス研究の第一人者である高田礼人教授はメディアの取材をうけて盛んに発信した。また、医学部医学統計学教室は感染症の数理モデルについて解説記事を書いたりプログラムを公開した。しかし、こういった草の根的な発信は重要だが限界がある」

   続けて池田さんは科学コミュニケーターの実践例もあげた。

「科学コミュニケーターも発信の努力をしていた。科学技術コミュニケーションや広報の関係者があつまった『新型肺炎サイコムフォーラム』は議論を重ね、その上で有益な情報を再発信した。CoSTEPでも、ウェブサイト『いいね!Hokudai』のなかで、数理モデルの西浦博教授の論文などから他の感染症と比較した解説記事を2月末に公開し、3万人以上にリーチした。ただ、こういった発信ができるサイエンスコミュニケーターは、特に日本ではまだまだ少ない」

   朴さんは、北大と山梨大の研究グループが共同で、6月26日、下水試料から新型コロナウイルスRNAを検出したと発表したことを例に、「プレス・リリースが出されたが、キュレーションがあれば、もっとよかった」という。情報を整理・編集して解釈の手がかりを施す「キュレーション」をすれば、注目度がまったく変わるという意味だ。

「この大学は、こういう取り組みをしているという姿勢を示せば、留学生にも大きなアピールになる。淡々と情報を発信するのではなく、デザインとして出す『情報デザイン』の発想が必要だと思う」

   朴さんは「情報デザイン」の一例として、非営利でデザイナーたちがかかわるサイト「PANDAID](パンドエイド)を紹介してくれた。これは「パンデミックから命を守る」の意味をこめたサイトで、デザイナーを中心とする多様な分野の人たちがボランティアで参加し、コロナの感染状況や特性、防止策を、インフォグラフィックスなどを通して視覚化する共同編集サイトだ。朴さんもボランティアで参加している。

   ここで、やはり博士研究員としてCoSTEPに加わった原健一さん(34)が、コロナをめぐる専門家のアプローチが感染症や公衆衛生に特化し、多様性が見られなかったことについて発言した。専攻が哲学で、とりわけアンリ・ベルグソンの「物質と記憶」をテーマに研究してきた文学博士だ。

「科学者はつねに蓋然性のもとで研究を続けており、そのことに意識的なひとは一般の方も含めて一定数いらっしゃる。それにもかかわらず、発言のハードルが高いとするならば、確実なことでなければ言ってはいけない、責任を取れない、という規範意識が日本では強すぎるという面もあるのかもしれない」

   受け手は人によって、知識の量や理解度が違う。専門家に対する期待度も違っており、過度に「専門性」に期待すると、結果が予想と違う場合には、バッシングや非難の対象になることもまれではない。そんな危惧をにじませる発言だった。

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