2024年 4月 25日 (木)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(16)メディアの報道に今、必要なこととは

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「メディア不信」への危機感

   今回の声明を呼びかけた理由について南さんは、「どうしたら信頼されるメディアとして再構築するかが問われているのに、各社の対応は対症療法に終わっている」という。

   「今のメディアの上層部にいる人たちは、昔ながらの取材慣行で勝ち残り、『取材源への密着』という成功体験から逃れられない」とも指摘する。実際、今回の声明に実名を連ねた現役記者たちは、若い世代や女性が目立つ。彼らのエネルギーに背中を押された、と南さんは言う。

「産経は検証結果として、取材源への『肉薄』は、『社会的、法的に許容されない方法では認められず、その行動自体が取材、報道の正当性や信頼性を損ねる』と言って、認められない一線を引こうとした。朝日はガイドラインを見直すというが、どう見直すか、見えてこない。きちんと説明できなければ、さらに信頼を失う」

   ちなみに南さんは朝日新聞労組の出身。02年に朝日に入社し、仙台、千葉、東京編集センターなどを経て東京本社政治部での取材が長い。この7月に「政治部不信権力とメディアの関係を問い直す」(朝日新書)を上梓したばかりだ。

   私が声明で特に注目したのは、これまでの取材慣行が、男性優位の同質集団を前提としていたことを指摘した部分だった。その点を尋ねると、南さんが答えた。

「メディアは24時間、記者を拘束する職場といわれたが、これは専業主婦に支えられた男性を前提にしたシステム。多くの女性はそのシステムから排除されてきた。メディアは本来、多様な経験、多様な価値観を反映するべきなのに、当局にべったり取材できる記者を優先させてきたのではないか」

   それは、今のコロナ報道でも変わらない。官邸記者会見では、首相が台本を読み上げ、記者は異議を唱えようともしない。会見が形骸化し、当局の情報を一方的に流す場になってしまっている、と南さんはいう。「これも、オフレコ取材が優先、という長年の取材慣行の帰結です」。

   政府による自粛要請についても、政府のデータを一方的に拡散するのではなく、きちんと発表データを検証し、市民の自由をどう維持するのかを問うのがメデヴィアの役割のはずだ。だが、ここ半年間の報道では、それができていなかった、と南さんはいう。

   逆にいい例として南さんが指摘するのは、調査報道とファクトチェックを看板とする独立系ニュース。サイト「インファクト」(立岩陽一郎編集長)の楊井人文共同編集長が、東京都の緊急事態宣言下の新型コロナの入院患者数や病床確保数を検証し、都が実態と大きくかけ離れたデータを公表していた問題を指摘したケースだ。

「各社は都庁クラブに相当な数の記者を配置している。同じ工夫をすればチェックできたはず。各社が独自に検証すれば、情報の質が変わってくる」

   この間、注目を集めたのがテレビ局の情報番組だった。その点について南さんは、「各局に専門家が出演し、それなりに視聴者のニーズに応えていると思うが、専門家同士がきちんと議論する場を設定すべきだと思う。各番組がばらばらに違う専門家の見方を紹介することが、かえって混乱を招いていないだろうか」

   権力や政権が設定するルールに、メディアが従う傾向については、南さんも同意する。だがその背景には、市民から信頼され、支持されているというメディアの確信が揺らいでいるからでは、という。

「権力側が設定するルールと、メディアからの要請との間には、常に緊張関係があるべきでしょう。もし権力が恣意的にルールを設定するなら、メディアは踏み込んでもいい。ただ、そうするには、メディアが市民から支持される環境が必要だと思う。そのためには、つねにメディアが、何のために、どんな理念に基づいて取材・報道しているのかを、きちんと説明することが必要だ。バッシングや炎上を恐れるだけでは、今の状況を抜け出せない。商売のためでなく、情報を皆さんに届けるために取材しているのだということを、ことあるごとに丁寧に説明する必要があります」

   今回のコロナ禍で目立ったのは、黒川検事長の辞任に見られるように、SNSで発信された「世論」が現実を動かすという事態だ。既成メディアは、台頭するSNSとどのような関係を築くべきだろうか。

「既成メディアは、市民とどう対話するか、ソーシャル・コミュニケーションの力を高めるべきです。これまでは、自分たちが必要と思ったことを一方的に押し付ける傾向にあったが、市民の声を聴いて、議論を巻き起こす。編集幹部が記事の狙いを発信し、オンラインで読者と記者が対話するくらいの覚悟が必要だと思う」

   SNSの台頭や購読者の減少、広告の減収もあって、既成メディアは相対的に発信力や影響力が低下している。既成メディアはこの危機に、どのように対処すべきだろう。

「今回の提言も、何とか現状を変えてほしいという若手や女性記者の悲痛な叫びが原動力になっている、上層部が惰性でやってきたことに異を唱える人たちは、読者に近い感情を抱いているのだと思う。上層部が自ら意識を変える。それができなければ、思い切って権限を現場におろす。そうしなければ、どんどん時代とずれていくと思う」

   今後、既成メディアも事業規模の縮小に伴い、人員配置の見直しを迫られるかもしれない。だが、これまでのように役所重視の人員配置を続け、他を削減するようなことがあれば、読者の信頼や支持を回復することはできないだろう、と南さんはいう。

「ZOOM取材が当たり前になり、距離が離れた人にもより簡単にアプローチできるなど、取材現場も大きく変わりつつある、当局取材に依拠してきた取材慣行を改め、コロナ禍に立ち向かう価値観に基づき、新たな人員配置や評価システムを作ることが必要です。それに、会社を越えたメディアの連携も模索すべきでしょう」

   新聞労連は今年3月8日の国際女性デーに向けて、会社の枠を超えて有志がメーリング・リストなどで議論を深め、国際女性デーの前後に、各社が独自の記事や特集を組んでゆるやかに連携するという試みに挑戦した。

   これは、澤さんらが参加したICIJの取材のように、有志のジャーナリストが協力して取材し、その結果を一斉に、しかも独自に報じて国際的なキャンペーンを展開するという手法に通じる新たな試みといえる。

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