「新戦略物資」としてのワクチン
各国によるワクチン開発競争は激化し、新型コロナワクチンは今や、「戦略物資」になりそうな勢いだ。
冒頭にあげた中国はその筆頭だ。WSJ紙は8月18日付の電子版に「中国が外交にワクチン活用」という記事を掲げ、中国が戦略的に重要な国々に優先的にワクチンを供給する約束をし、国際的な地位を高めようとしている、と指摘した。ブラジル、インドネシア、パキスタン、ロシア、フィリピンなどだ。中国はすでにマスク、医療防護品などを提供する「マスク外交」を展開してきたが、今回の「ワクチン外交」は必需品として比較にならない重みをもつことになりそうだ。
同紙によれば、その時点で中国外務省がフィリピンに対し、ワクチンの優先的な供給を約束した。民間企業の北京科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)はブラジル、インドネシアと、何億回分もの自社ワクチンの国内向け生産で協力することで合意した。
パキスタンは、国内で中国医薬集団(シノファーム)によるワクチン臨床試験を認める契約を結び、その一環として国民約2億2千万人の約2割がワクチン接種を受けられる。
ロシアでは、保健省が承認した場合には、中国の軍研究機関と康希諾生物股分公司(カンシノ・バイオロジクス)が開発中のワクチンが生産される可能性がある、という。
中国は9月9日に始まった東南アジア諸国連合(ASEAN)と日米中などが参加する外相テレビ会議でも、「ワクチン攻勢」をかけた。中国外務省によると、王毅国務委員兼外相はASEAN諸国に、「需要を優先的に考慮して『ワクチンの友』の関係を築く」と述べたという。南シナ海の領有を争う東南アジアで、ワクチン供給をちらつかせ、反発する米側になびかないよう懐柔する意図が透けてみえる。
最終治験によって安全性や効果が確認されない前に開発を優先させる点では、ロシアも負けていない。
8月11日付ロイター通信はモスクワ発の記事で、ロシアのプーチン大統領が世界初のワクチンの認可を発表したと報じた。それによると、ワクチンはガマレヤ国立研究所が開発し、安全性や効能を確認する最終段階の臨床試験が続行中だが、2か月弱の治験の段階で、当局の認可によって、集団接種を認めたという。
ロイターの報道によると、ロシア政府系ファンド責任者キリル・ドミトリエフ氏は、ワクチン認可について、1957年に旧ソ連が世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げたことに匹敵すると称賛。同ワクチンは「スプートニクV」という名で海外で販売される予定で、すでに海外から10億回分のワクチンの注文を受けていると明らかにした。
ロイターによれば、国際契約で年間5億回分のワクチン生産が確保されており、ブラジルでも生産される予定。また、アラブ首長国連邦(UAE)やフィリピンで間もなく治験が開始されるという。
この報道にあるように、「スプートニク」は、将来の核搭載ミサイル開発のカギを握る宇宙探査競争で旧ソ連が先行し、当時の米国に「スプートニク・ショック」という衝撃を与えた。その危機感から米国が翌年にアメリカ航空宇宙局(NASA)を設立し、61年には当時のケネディ大統領が「10年以内に人間を月に送る」というアポロ計画を発表したのはあまりに有名な逸話だ。