外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(22)新型コロナの実態 これまでに分かったこと

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大岩ゆりさんに聞くワクチン開発の現状

   こうしたワクチン競争の実態をどうとらえたらよいのか。9月13日、科学ジャーナリストの大岩ゆりさんにZOOMで話をうかがった。

   大岩(本名・須田)さんは国際基督教大学で国際政治を専攻。3年生の時には1年間、アメリカン・ユニバーシティ・イン・パリスで国際政治を学んだ。1985年に朝日新聞に入社し、三重・津支局に配属され、88年に発行された雑誌「AERA」の創刊メンバーになった。92年から1年間は、オックスフォード大の現ロイタージャーナリズム研究所で移民政策について研究し、東京本社政治部を経て月刊科学誌「サイアス」、科学医療部で取材し、2013年からは科学医療部専門記者になった。その後、福島総局に籍を置く形で福島第一原発事故による放射線低線量被ばくの実態を追ったこともある。今年3月に退職し、フリーの立場で医療や生命科学について取材、翻訳を続けている。

   途中、政治や国際政治の場でも取材をしたが、高校生の頃から生物学や数学に興味があり、AERA編集部ではヘリコバクター・ピロリ(通称ピロリ菌)が広く慢性胃炎、胃潰瘍、胃がんなどを引き起こすことを他に先駆けて報じるなど、医療や生命科学の取材が多かった。感染症については2009年にパンデミックが起きた新型インフルエンザなど、10数年以上にわたって感染症学、ウイルス学、公衆衛生学、疫学、呼吸器内科学、小児科学などの専門家や医師らに取材を続けてきた。

   かつての同僚として知る限り、大岩さんは内外の最先端の研究に広く目配りし、その取り上げ方も客観公正で、きわめてバランス感覚に富んでいる。科学ジャーナリストとして最も必要な資質を備えた方なのだと思う。

   今回のワクチン開発競争について大岩さんは、「まずその開発スピードに驚かされた」という。09年の新型インフルエンザの場合は、既存の季節性インフルエンザワクチンのノウハウを利用できたので、半年でワクチンができた。しかし、「未知のウイルスでは開発まで最低でも年単位で時間がかかるのが普通です。WHOによれば、現在もう35種のウイルスワクチンが治験段階にあるといいます。ゲノムの解読や遺伝子の組み換えのスピードがここまで速くなっていたのか、という驚きがありました」

   その一方で、各国が前のめりで開発やワクチン確保を急ぎ、安全性や副反応の有無、効果の確認が疎かになるのでは、という危惧も覚えるという。今各国が開発を進めているのは、ウイルスを増殖し、不活化したり弱毒化したりして作る従来型の製造方法ではなく、DNAやRNAを使ったり、ウイルスのたんぱく質の一部を人工的に作って使ったりするなど、新しい製造方法によるものが多い。

   感染防止や重症化を防ぐ効果、何回接種したらよいか、どのような接種が有効か、効果はどれほど持続するのか、副反応はどうかなど、それぞれについて厳密な検証が必要だ。

「ワクチンはある意味で、医薬品よりも承認のハードルが高い。疾患に使う治療薬は、ある程度副作用があっても、治療で回復した方が寿命が延びる、生活の質が改善するなどメリットが大きければ承認されるし、患者も副作用について納得しやすい。しかしワクチンは基本的に健康な人たちに投与される。ワクチン投与のメリットと、副反応のバランスを、より慎重に判断する必要があります」

   そう大岩さんは指摘する。しかも、新型コロナは感染しても、8割以上は軽症か無症状で終わる。エボラ出血熱のように致死率が5割の感染症なら、多少の副反応が出ても許されるかもしれないが、不顕性の多い新型コロナの場合、ハードルはより高いと大岩さんは指摘する。

「先進諸国は先物買いをしていて、結果として効果がないとしても、やむを得ないという立場だ。そうまでして先行投資をするのは、2月から3月にかけ、欧米で医療崩壊が起きて多くの人が亡くなったり、ロックダウンで経済が疲弊したりするのを見たからだろう。効果が分かってから作り始めては遅い、という焦りが、競争や購入の事前契約の過熱化につながっている」

   アストラゼネカ社のワクチンは、オックスフォード大との共同開発だ。同大研究チームはもともと、チンパンジーの「アデノウイルス」という風邪のウイルスを無毒化し、増殖させて中東呼吸器症候群(MERS)に対するワクチンを開発していた。これを使って、新型コロナウイルスの表面のスパイクたんぱく質を作るDNAを遺伝子組み換え技術で組み込んだ。ワクチン接種であらかじめ体内に抗体を作り、新型コロナに感染すれば、その抗体でウイルスを攻撃して身を守る仕組みだ。

   英国は開発に約27億円を補助し、米当局も自国内開発とは別に、アストロゼネカ社などに約10億ドル〈約1070億円)の支援を決めた。日本政府も、同社が開発に成功した場合、1億2千万回分の供給を受けることで合意し、それとは別に、米製薬大手ファイザーが手掛けるワクチンについても、6千万人分の供給を受けることで合意した。

「ワクチン製造は英国の英グラクソ・スミス・クラインや米ファイザーなど、世界の大手4社による寡占が進んでいます。新型コロナウイルスのワクチン開発では、大手製薬企業以外に、中国や欧米などの多くのベンチャー企業が参入していますが、軍などと組んで国営でやっている中国以外のベンチャーには、大量生産する力はない。結局は大手企業と組んで製造することになるでしょう」

   日本の製薬企業などのワクチン製造・開発能力は、他の医薬品の領域に比べ、高くない。日常的に子どもに接種しているワクチンでも、輸入に頼っているものもある。

「今回、厚労省などは国産ワクチン開発に多額の予算をつけましたが、多くのプロジェクトの治験開始予定は来年以降。当座は無理をして国産にこだわらず、海外の有望企業から輸入する道を模索した方がいい。そのうえで、新型コロナが収束したら、将来のパンデミックに備えて国産ワクチン開発・製造の底上げのため、持続的に予算支援をすべきだと思う」
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