2024年 4月 27日 (土)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(23) 「自己責任」論とコロナ禍

コロナ禍における「自己責任」論

   思索の原点となったイラク人質事件について触れる前に、齋藤さんがコロナ禍で注目した二つの点をご紹介したい。

   第一は、感染者への攻撃が、感染者本人を超えて家族や所属集団にまで向かったことだ。

○三重県では感染者の家に石が投げ込まれ、壁に落書きがされた(朝日新聞4月21日)。
○卒業旅行や懇親会などで学生中心に感染が広がった京都産業大学には、抗議などのメールや電話が相次いだ。「感染した学生の名前と住所を教えろ」「殺しに行く」「大学に火をつける」などの脅迫があったという(同4月8日)。
○福島県にある郡山女子大では、ひとりの教授が感染したことが公表されると、教職員の子どもが保育所への預かりを拒否されたり、会社員の配偶者が出勤を止められたりした。さらには付属高校の生徒が「コロナ、コロナ」と指をさされ、一時は制服での通学を見合わせることになった(同3月26日)。

   中には、人権侵害の防波堤になるべき公的機関が、逆に偏見や差別を助長してしまったケースもある、と齋藤さんは指摘する。

○愛媛県新居浜市では東京や大阪を行き来する長距離トラック運転手2家族の子どもたち3人に対し、市立学校の校長が市教委と相談のうえ、登校しないよう求めた(毎日新聞、東京新聞4月9日)。
○岩手県花巻市では、東京から引っ越した70代の男性が、入居が決まっていたマンションの住人から「2週間はここに住まないで」と言われ、市に転入届を出そうとしたところ、「2週間後に来てほしい」と、その場で受け取りを拒まれたという。男性は契約したマンションに入れず、転入届も受けてもらえず、気の毒に思った大家が元店舗の空き家を提供したが、その2日後、男性は隣の店舗兼住宅で起きた火事に巻き込まれて亡くなった(毎日新聞4月18日)。

   齋藤さんが指摘するもう一つの論点は、「要請」があぶり出した一般の人々の「正義感」と同調圧力だという。

○東京では、都が出した休業要請に応じずに営業を続けたパチンコ店で、開店前に並ぶ客に男性が注意して、「出ていけ!家に帰れ!帰れよ!」「お前らおかしいんだよ。我慢できないんだろう。我慢できないんだろうが」などと言ってもみ合いになりそうになり、警備員に制止された(TBSの「ひるおび」で4月29日放送)。
○山形県では4月18日から県境での検温を始めた。県内7か所の境に県職員75人が張り付き、検温への協力を「要請」した。県によると、本格的に実施した4月25日からゴールデンウィーク明けの5月10日までに5861人の検温が行われたが、37・5度以上の発熱者は見つからなかった。
○徳島県では県外ナンバーの車に暴言、煽り運転、傷つけなどの被害が発生した。徳島県は「来県お断り」として数十人の県職員が双眼鏡を使い、県内のインターチェンジや商業施設などで県外ナンバーのチェックをした。県外ナンバーの利用者に対して誹謗中傷が相次いでいることから徳島の飯泉嘉門知事は徳島市長と共同で会見を開き、「県外ナンバーの調査をしたことが強いメッセージになりすぎた」と語った(朝日新聞4月23日、NHK4月24日)。

   齋藤さんは、そもそも各自治体が出したのは特措法に基づくとはいえ休業の「要請」であり、法的義務がないお願いだったことを指摘したうえで、「休業十割を目指すなら、法律に伴う命令を出し、その休業に伴う補償を打ち出さなければならない」という。

   そして、社会で従うべき判断の基準は、あくまで合法か否かであって、暗黙の「掟」や「空気」任せにしてはならないだろう、という。

   特措法による「要請」は、外国の「ロックダウン」とは違って、強制力を伴わない「お願い」ベースだ。外国に比べて規制が甘いという批判もあったが、強制に拠らない「要請」が機能することを、日本の誇りと考える向きも多い。だがそれは危険なことではないか、と齋藤さんは警告する。

   著書の中で齋藤さんはそれが「危険」だという理由を、こう書いている。

「『要請』が機能するのは市井の人々のいびつな正義感や陰湿な相互監視、逸脱を許さない同調圧力といった、法に拠らない暗黙の掟が広く共有されている証左でもあるからだ」

   齋藤さんがそう危惧する理由を理解するには、04年のイラク人質事件で広がったバッシングにまで遡る必要がありそうだ。

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