「ちょうど今、その話をしていたんだよ」――。副大統領候補の討論会の翌日、ニューヨークのカフェや公園は、この話題で持ちきりだった。民主党候補カマラ・ハリス氏の「デビュー」に、この街の人々は何を思ったのか。民主党支持者の多いこの街で、私が参加したオンラインのビューイングパーティや共和党支持者の声も含めて、討論会を振り返る。「I'mspeaking.(私が話しています)」日米ともに、マスコミの報道の多くは民主党寄りであるため、この連載ではこれまで、アメリカの現状をより正確に伝えたいとの思いから、共和党支持者の声も紹介してきた。今回はカマラ・ハリス上院議員の「デビュー」ということもあり、またニューヨークというリベラルな土地柄もあり、あえて民主党寄りの意見を多く盛り込んだ。2020年10月7日に米ユタ州ソルトレークシティで開かれた大統領選の副大統領候補の討論会を、私はズームを使ったビューイング・パーティで見た。参加者は30人弱。他人同士が一緒にライブで討論会を見ながら、思い思いに感想をチャットする。ハリス氏が、横槍を入れたマイク・ペンス副大統領に対して何度も「I'mspeaking.(私が話しています)」と笑みを浮かべたり、彼の発言を否定するように首を横に振ったりするたびに、「あの表情、見た? 最高だね」などとチャットの文字が画面に現れる。「カマラには押しが足りない」討論の仕方については、「ペンスの方が討論がうまい。自分の都合の悪いことも、自分の土俵で人々に理解しやすいように話している」、「カマラには押しが足りない。いい答えもいくつかあったが、効果的に力強くメッセージが伝わっていない」という意見がチャットに上がった。その一方で、「ペンスの話をカマラが、私たちアメリカ人の問題に引き戻してくれるから、嬉しい」「ペンスが質問に答えていない」との声もあった。翌日、ニューヨーク市内を歩き回り、出会った人たちに討論会について感想を聞いてみた。アパートのエレベーターで一緒になった男性は、「討論会が選挙結果を左右するとは思わないけれど、トランプとバイデンの時と違って、civil(礼儀正しい)だった。ペンスがどういう人間かは、もう国民もわかっている。多くの人がカマラを知る機会になった。彼女は説得力を持って話せたと思う」郵便を配達していた黒人男性(62)は、「ペンスが口を挟んでばかり。でもカマラは動じることなく、堂々としていた。トランプにはもう、引っ込んでほしいよ」と言った。「自信過剰になるのは、危険だ」カフェの外のテーブルで、男性3人がコーヒーを飲んでいた。近くにある私立高校の教師たちで、昼休みにひと息ついていたところだった。討論会について尋ねると、「ちょうど今、その話をしていたんだよ」と1人が答えた。50代はじめの英語教師は、「先週の大統領候補の討論会に比べたら、2人とも礼儀があった。カマラもペンスも相手のいい点を突いたと思うが、とくにカマラはトランプのBS(bullshit=たわごと(卑語))を明確に指摘した。ペンスがウソを言っているのも、よくわかった」「ペンスもそうだけど、カマラの言葉にも間違いはあったわね」と私が言い添える。「そうかもしれないけれど、政治はそういうものさ。世論調査では、民主党がリードしている。でも自信過剰になるのは、危険だ。前回、ヒラリーが負けて、痛い目にあったからな」彼とほぼ同年齢の別の英語教師は、大統領候補と今回の討論会の動画を12歳の息子に見せたという。「トランプとバイデンの方は、大人として恥ずかしかったよ。バイデンがトランプに、clown(道化師)とかshutup(黙れ)とか言った。トランプが横槍を入れ続けていたから、気持ちはよくわかるけれど、あれは大人の話し方じゃない」彼らと別れ、すぐそばのセントラルパークを歩いていると、ベンチで女性2人が前夜の討論会について話しているのが聞こえてきた。年齢は離れているが、友達同士だという。女性の1人(30)が、「ペンスは無表情で生気もなくて、まるで感情のないロボットみたいだったけれど、カマラはもっとずっと人間的で、しかもプロフェッショナルだった」とハキハキと答えた。もう1人の女性(60)も、間髪を容れずに言った。「カマラは、ペンスが彼女を攻撃し終えるのをちゃんと待ってから話した。彼女の声のトーンが、人間性をよく表している。ちょっと生意気で賢そうなトーンが、『アメリカよ、この昏睡状態から目覚めよ』と現実に呼び戻してくれているようで、よかった。福音主義的で外国人嫌いの一派に、多くのアメリカ人が洗脳されているのよ」笑みに対して「傲慢」「作り笑い」今回、ハリス氏の表情や笑みが注目されたが、私の知り合いの共和党支持者の中にも、それが逆に「傲慢で相手を見下している」と感じた人が少なくなかった。前回、トランプ氏の対抗馬だったヒラリー・クリントン氏の作り笑いを思わせた、との声もある。また、ペンス氏は一貫して冷静だったが、声のトーンや表情で感情を示したハリス氏が、ヒステリックに映ったという人もいた。セントラルパークを出ようとした時、すれ違った女性(64)は、この日、初めて出会った共和党支持者だった。1989年、旧ソ連から米国に亡命したという。「トランプを人間的に好きになれない部分もあります。でも彼は国民から選挙で選ばれた、この国の大統領です。わずか4年の任期なのに、なぜチャンスを与えず、最初から彼のすることを全否定し続けるのでしょう。気に入らないのなら、対抗馬を出して、堂々と選挙で戦えばいいのです。この国はあまりにも分断されてしまって、悲しい限りです」今回の討論会で、司会者が最後に、ユタ州在住の女子中学生が書いた文章を読み上げた。「ニュースを見れば、民主党と共和党の言い合いばかり。市民の論争ばかり。候補者が相手をやり込めるばかり。指導者がなかよくできないのに、国民にどうやってなかよくしろというのでしょう」中学生の言葉は続く。「Yourexamplescouldmakeallthedifferencetobringustogether.(私たちがひとつにまとまるためには、あなたたちが手本を示すことが、とても大事なのです)」この言葉にうなずいた人も多いだろうが、自分を棚に上げ、相手に指を向けた人も少なくないはずだ。旧ソ連から亡命したこの女性は、「討論会では新しく得る情報は何もなく、互いを叩き合っているだけで意味がない」と言い切る。米中西部ミネソタ州ミネアポリスに住む私の知人アンドリュー(70代)は、「討論会では、双方のこれまでの失態を非難中傷するばかり。僕が知りたいのは、今後4年間で双方が何をしたいのか、ということだ」と不満を述べた。2回目の大統領候補討論会は中止「討論会」では、何をどのように主張し、相手の攻撃をどのようにかわすかが注目される。しかし、その前に誰に投票するか決めている人も多く、またすでに投票を済ませた人もいて、討論会が実際に選挙結果にどれだけの影響を与えるかは疑問だ。しかも今回、そして前回の大統領候補の討論会でも、質問の答えになっていない発言も多く、双方の主張に誤りや誇張が目立った。何が事実で何が違うのか、多くの有権者には判断できないこともある。外での取材を終えてアパートに戻ると、トランプ氏を支持するドアマンが私に言った。「討論会でペンスは、しゃべり過ぎだったと言われてるな。野球だって何時間も試合するんだ。延長戦もある。大統領選は、国家の一大イベントだろ。1つの質問について2分しか話す時間がなんて、何をそんなに急いでるんだ? しゃべりたいだけ、しゃべらせてやれよ。そして、factcheck(ファクトチェック=事実かどうか検証)する人間が会場にいて、ウソを言ったらランプが光って、その場でバレる、ってのはどうだ?」討論会後にファクトチェックするメディアやサイトはいくつかあるが、その信憑性も問われる。公正なファクトチェックをその場ですることはテクノロジーを駆使すれば、近い将来、可能になるかもしれない。10月15日に予定されていた大統領候補の第二回討論会は中止と、9日、発表された。トランプ氏の新型コロナウイルス感染を受け、オンラインでの開催が提案されたが、トランプ氏が対面式にこだわり、第2回と第3回を一週間ずつ延期することを提案。バイデン側がこれを拒否した。3回目となるはずだった22日の討論会が、2人の最後の顔合わせとなる。(随時掲載)++岡田光世プロフィールおかだ・みつよ 作家・エッセイスト東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。
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