「LawandOrder(法と秩序)TRUMP」と書かれた巨大な旗を、トランプ支持者らが道路を覆うように広げて、マンハッタンの目抜き通りの五番街を行進する姿に、ニューヨーカーたちは思わず驚きの声をあげた。「ニューヨークが一体、どうなっちまってるんだよ?」民主党色が強いニューヨークで、トランプ支持者たちが沈黙を破って一気に声を上げ始めた。米大統領選を10日後に控えた土日に、私が見たこの街の様子を伝える。BLM支持者とトランプ支持者が遭遇2020年10月24日(土)の午前10時半頃、ブロードウエイ・ミュージカル劇場が集中するタイムズスクエアで、プロダンサーらが、「ニューヨーク・ニューヨーク」の音楽に合わせて、踊りを披露していた。そこへ突然、「BLACKLIVESMATTER」と書かれた黒マスクにサングラス姿の黒人女性たちが、メガホンを手に乗り込んできて、声高に訴え始めた。「私は高校でも大学でも差別され続けてきた。学校では知識のない白人教師が、黒人の歴史については奴隷制度と公民権運動を教えるだけです」予期せずダンスを中断せざるを得なくなったものの、ダンサーたちは皆、BLMグループにその場を譲り、彼女らの訴えに耳を傾け、拍手を送っていた。ダンサーの1人は私に、「これはとても大事なことだから。私も前にBLMデモに参加したの」と言う。しばらくすると、BLMの一部の人たちが、警官らに向かって激しい暴言を吐き始めた。そのうちのひとりの男性は私に、「ドラッグディーラーの友達と一緒にいただけで不当に逮捕され、刑務所で1年間過ごしたんだ」と訴えた。BLMの集団は、その後、コロンバスサークルまで25ブロックほどデモ行進した。そこでは5人のトランプ支持者が、集会の準備をしていた。黒人男性3人と白人男女1人ずつで、黒人と白人の男性が「TRUMP」と書かれた野球帽を被っている。「裏切り者」と呼ばれるトランプ支持の黒人到着したBLMのメンバーは、中指を立て罵声を浴びせた。「その帽子を取れ!」「黒人のくせにトランプを支持するのか!」「この裏切り者!」「人種差別者!」トランプ支持の5人は反応せずに黙っていたが、しばらくすると帽子を被った黒人男性が、「イエスは君たちを愛しているんだよ」「Iloveyou,man.」と声をかけたが、罵声は延々と続いた。言い合いが激しくなったため、トランプ支持者らとBLM支持者らの間に待機していた大勢の警官が立ちはだかると、今度は黒人警官らに向かって、再び、「黒人のくせになんでトランプ支持者を守るんだ!」などと怒鳴り始めた。その後、トランプ支持者らはメイシーズデパート前の広場に移動し、他の仲間数十人と合流した。トランプ氏や警察への支持を示す旗やサインを掲げる。彼らの多くが黒人だった。その方が人々を説得しやすいと、考えたのだろう。彼らの周りに道ゆく人たちが次々と押し寄せ、「お前たちの集会にはそれしか集まらないのか」「レイシスト!」と罵る。黒人たちは「裏切り者」と叫ぶ。それを受けて、トランプ支持者らは主張する。「なぜ、白人警官が黒人を殺した時だけ、ニュースになるのか。白人が黒人警官にも殺されているし、黒人警官にも黒人が殺されている。問題は警察組織だ。そして黒人同士の殺し合いの方がずっと多い。BLMの暴徒は黒人の店舗をめちゃくちゃにし、黒人の子供たちの命も奪った。僕はBLMに反対しているんじゃない。でもみんなの命が大事だと言いたいんだ。いい加減、黒人は犠牲者だというメンタリティーを捨ててほしい」「バイデンが成立させた『暴力犯罪防止・法執行法(1994)』で、多くの黒人が刑務所に送られた。それについてマシューに聞いてくれ」そう紹介されたマシュー・チャールズ氏(50代、テネシー州在住)は「私は麻薬売買などで35年の刑を宣告されたが、トランプ氏が署名した「刑事司法改革法」(2018年)により釈放され、第二の人生を歩むことができた」と訴えた。これに対し、20代のBLM支持の女性が、「今も奴隷制度が存在する警察を擁護するトランプみたいな人間を、なぜ支持できるの?」と声を詰まらせて訴える。どこから持ってきたのか、「FUCKTRUMP」と書かれた大きな幕を掲げて白人青年数人が睨みつけているかと思えば、反対側では「BIDENPRESIDENT2020」と書かれた幕を手にアジア系やヒスパニック系の女性数人が立っている。若者の姿が目立つ。あちこちで激しい怒鳴り合いが起き、警官が一列に並んで間に入る。いつしか、70人くらいの人だかりができていた。通りがかりの白人男性が、「僕は長年生きてきたが、こんなに分裂しているのを見たことがない」とつぶやく。五番街の車道から消えた「BLACKLIVESMATTER」翌日の未明、トランプタワー前の五番街の車道から「BLACKLIVESMATTER」の大きな文字が消えた。この文字は7月、デ・ブラシオ市長とともに市民らが黄色いペンキで制作して以来、何度も赤や青のペンキをかけられたが、今回はコールタールのようなもので塗りつぶされ、文字が判読できない。五番街を挟んでトランプタワーの目の前に、午前11時頃からトランプ支持を表す野球帽やジャケット姿で、大きな旗や垂幕を手に人々が集まり始める。女性は全体の3、4割だろうか。野球帽の文字は、これまでの「MakeAmericaGreatAgain(米国を偉大に)」も多いが、目立つのが「KeepAmericaGreat(米国を偉大なままに)」だ。大きな垂れ幕には「TRUMP2020NOMOREBULLSHIT(たわごとはもうたくさん)」「2020ALLABOARDTHETRUMPTRAIN(トランプ列車にみんなで乗ろう)」などと書かれている。前の日の集会で話した女性が、「道路にBLMの文字がないでしょ」と嬉しそうに言う。トランプ支持者の手で消されたようだ。それから声を落として私の耳元で、「今日は『ANTIFA(アンティファ=左派から極左の反ファシズム運動で、トランプ支持者と対立する人たち)』が来るらしいから、念のために銃を持ってきたわ」とささやく。ニューヨーク市では、許可なく銃を携帯することは禁じられている。何かあったら、流れ弾に当たる可能性もある。胸に「Trump2020」と書かれたTシャツを着た白人女性ローリが、笑顔で私に「今日は来てくれて、ありがとう」と声をかけてきた。私をトランプ支持者だと思ったのだろう。取材だと伝えると、「私はニューヨークでも、このTシャツをいつも着ているの。考えの違う人と対話がしたいから」と微笑んだ。「何人かには『人種差別者」と罵られたけれど、思ったより多くの人が他の人には見られないように親指を立てたり、笑顔を向けたりしてくれたのよ」と言う。「LawandOrderTRUMP(法と秩序 トランプ」の巨大な旗インド系アメリカ人女性アニタは、もともと、トランプを人種差別主義者だと軽蔑していたという。「でも、マスコミの報道を鵜呑みにせずに自分で調べてみると、トランプの発言を前後関係を無視して切り取って都合のいいように報道していることがわかったの。『米国を偉大に』というのも、その意味を誤解されている。トランプは建国理念を取り戻し、政府や一部の富める者ではなく、市民が力を持てる国にしようとしている」しばらくすると、五番街に長さ5、6メートルのパネルを載せた荷台が現れ、歓声がわいた。「LAW&ORDERVSANARCHYTHEFIGHTOFTHECENTRUY(法と秩序VS無秩序 世紀の戦い)NOV3,2020」と書かれ、その右側にボクサーに扮したトランプ氏が「ANTIFA」と書かれた鉢巻きをした人間をノックダウンする絵が描かれている。続いて、大きな星条旗や警官支持の旗を翻した車が、何台も通り過ぎていき、歓声が続く。やがて、縦15メートル、横23メートルの巨大な旗が、消されたBLMの文字の真上に広げられ、五番街を覆い隠した。中央に細く青い横線の入った白黒の米国旗(ThinBlueLineFlag)で、警察などの法執行機関の職員への支持を表す旗で、殉職した警官への追悼の意もある。旗には大きな文字で「LawandOrderTRUMP」と書かれている。支持者らがそれを広げたまま、マンハッタン目抜き通りの五番街を、「Whosestreets?Ourstreets!(誰のストリート? 我々のストリート!)」「4moreyears!(あと4年!)」「WewantTrump!(トランプがいい!)」などと叫びながら南に向かって行進。別の長い旗を広げて、さらに数十人がそのあとに続き、その周りを大きな星条旗やサインを手にした人たちが歩いた。行進していた人だけでも、100人はいただろう。これだけの大規模なトランプ支持者の集まりを、これまでニューヨークで目にしたことはなかった。10月に入って彼らは少なくとも他に2度、この巨大な旗を持って、マンハッタンを行進している。道ゆくニューヨーカーたちも思わず足を止め、「Holyshit!Lookatthosepeople!(なんだ、こりゃあ! こいつら、なんなんだ!)」などと驚きの声をあげている。黒人男性が歩きながら携帯電話で、「トランプの旗を持って『MAGA」ハットを被って、五番街を行進してるんだよ。バカげているよ。悲しいよ」と話している。15ブロックほど歩いた所で、旗や幕を掲げた十数台のトランプ支持者の車が止まり、クラクションが鳴り響く。大音量で明るい音楽が流れ、それに合わせて人々は五番街で歌い、拍手し、踊り始めた。五番街は、完全に占領された五番街は、完全に占領された。バスや一般車両もしばらく、足止めを食っている。その後、42丁目を右に折れ、ブライアントパークの脇を行進し始める。反感を覚えた人たちが、トランプ支持者らに向かって、ペットボトルを投げつけたり、帽子を奪い取ったり、唾を吐きかけたりした。そして、「BlackLivesMatter!」を連呼し、「GetthefuckoutofNewYorkCity!(クソ野郎ども、ニューヨークの街から出て行け!)」「WhendidyoujointheKKK?(いつ、KKKに加わったんだ?)」「AnimalsfromNewYorkCity!(ニューヨークのけだものたち!)」などと罵声を浴びせかけた。一行は再び北上し、タイムズスクエアの広場で止まると、巨大な旗を広げたまま、前後左右に波打たせながら、皆で陽気に歌い始めた。トランプ支持者のユダヤ教正統派リーダーの男性が、「この街を我々が取り戻すんだ!」と叫ぶ。停車中の車から、星条旗柄のTシャツ姿の黒人男性がトランプ支持の大きな旗を抜き取った。別の旗を奪い取ろうとする男性もいる。別の場所では反対派の女性が挑発してトランプ支持者の男性に手を出し、他の男性たちも加わって取っ組み合いが始まった。黒人同士の殴り合いも起き、大混乱となった。逮捕者が次々に出た。警官が両手で抱える大きなスピーカーから、「こちらはニューヨーク市警です。この集会は違法です。直ちに退散しなければ、逮捕します」と警告が流れた。前にいた警官が「下がれ!」と思い切り私を押した時に、何かが目に当たった。一緒に取材していたカメラマンが私に、「危ないから気をつけて」と声をかけてくれたので、私も「銃を携帯している人がいるから、あなたも」と伝えた。そばで見ていた白人女性(22)は、「あんなふうに集団でやってきて自分たちの主張をしても、他の人たちは威圧感を感じるだけで耳を貸すわけがない。それはリベラルも同じ」と批判的だった。どちらの側も、1人1人と話してみると、受ける印象はまったく違う、と私は実感していた。トランプ支持者らによれば、暴力を奮ってきた相手は「ANTIFA」だという。私が見ていなかった場所でも、動画をみると警官支持の旗が燃やされ、トランプ支持者の車に石や卵が投げつけられていた。「黒人を守ってあげたい」というアジア系女性トランプ反対派は警官たちにも食ってかかり、BLMデモで何度も耳にする「Nocop(おまわり),noKKK,nofascist,USA!」を繰り返した。1人の黒人男性が「Fuckingpolice!」と叫びながら、一列に並ぶ警官たちの前で、トランプ支持者から奪った警官支持の大きな旗を、ずっと足で踏みつけていた。警官らが移動するたびにそこへ割って入り、警官と激しく言い合いしているアジア系の若い女性が目に留まった。彼女が1人になった時、「何を言い合っていたの?」と声をかけると、静かな声で話し始めた。「黒人やヒスパニックはいつも、警察から残虐な目に遭っているの。警察は暴力と白人至上主義の象徴。トランプを支持する人たちも、白人至上主義者。私は黒人が逮捕されないように、守ってあげたいの」「何がきっかけで、そう思うようになったの?」と聞くと少し間を置いて、答えた。「私自身が家庭で虐待されて育ったの。だから、自分には力になってあげられると信じている。できることがあるとしたら、今しかない」女性は突然、「ごめんなさい、行かなきゃ」と言うと、勢いよく警官らの中に飛び込んで行った。黒人男性が逮捕されたのだ。しばらくすると、警官らが誰かを取り押さえようとしていたので、近寄った。さっきのアジア系の女性だった。手を後ろに回された姿で、私と目が合うと、悲しそうに微笑んだ。その2日後、たまたまトランプタワーの前を通ると、道路には再び「BLACKLIVESMATTER」の黄色い文字が、鮮やかに浮かび上がっていた。(随時掲載)++岡田光世プロフィールおかだ・みつよ 作家・エッセイスト東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。
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