一般社団法人日本食品添加物協会が2021年1月21日、大学入試共通テストの英語の問題について、「甘味料について誤解を与える」との見解を発表した。当該の出題文は人工甘味料について記述したもの。J-CASTニュースの取材に、食品安全に関わる専門家は、出題にあたって「恣意的な研究を参考にしてしまったのではないか」と指摘する。「引用研究が正しいと証明されているとは限らない」同協会が指摘したのは、共通テスト英語リーディング第6問Bだ。「Youarestudyingnutritioninhealthclass.Youaregoingtoreadthefollowingpassagefromatextbooktolearnmoreaboutvarioussweeteners(あなたは保健の講座で栄養学を学んでいて、教科書の中からさまざまな甘味料に関する文章を読もうとしている=編集部訳))」の誘導文で始まり、問題文を読んで選択肢を選ぶ。英文中の「sweetener」は甘味料を意味する。日本食品添加物協会が指摘したのは5段落目途中から始まる「Apartfromcalories,however,someresearchlinksconsumingartificialLCSswithvariousotherhealthconcerns.SomeLCSscontainstrongchemicalssuspectedofcausingcancer,whileothershavebeenshowntoaffectmemoryandbraindevelopment,sotheycanbedangerous,especiallyforyoungchildren,pregnantwomen,andtheelderly.」の箇所である。「LCSs」とは低カロリー甘味料という人工の食品添加物である。同協会が1月21日に発表したリリースによる和訳は、「しかしながら、カロリーとは別に、ある研究は、人工的に作られた低カロリー甘味料摂取とさまざまな健康への懸念を関連付けています。低カロリー甘味料のうち、発がん性の懸念のある強力な物質を含むものもあれば、記憶力、脳の発達に影響するものもあり、それらは、特に幼児、妊婦、高齢者に危険となりえます」というものである。こうした問題文の内容について、同協会は発表文で「問題文で取り上げられました低カロリー甘味料(aspartame,Ace-K,stevia,sucralose,advantame)は、日本のみならず海外各国でその安全性に問題無いとして使用が認められているもの」「安全性への懸念だけをクローズアップすることは、公に使用が認められている甘味料に対して、誤った認識及び不安や混乱を与えてしまう」と懸念を表明した。この声明を出した理由について、J-CASTニュースが1月25日、日本食品添加物協会の担当者に取材すると、まず当該出題文について、「内容そのものが間違いだと主張したり、抗議したりする意図はありません」。その上で、「研究が論文になったからといって、それが学術的に正しく証明されたとは限りません。それらの論文はさらに学術的な検討を経て正しいかどうかが議論されます。問題文が根拠にしたような甘味料と発がん性に関する研究も、その因果関係が証明されているかは別問題であり、研究や論文が即正しいとなるものではありません」と説明した。また共通テストでこのような文章を問題文としたことに、「多くの受験生が問題を読みますので、受験生や消費者の皆さんに誤解が広がってしまうことを懸念してあのような発表を行いました。食品添加物は安全性が証明されたものが数多く使われています」と話した。「食品の安全性を問う時に、人工か自然かは直接の関係はありません」わざわざ日本食品添加物協会がこのような声明を出した背景には、これまでの食品添加物の歴史と、消費者が持つイメージがあるようだ。食品の安全・安心に関してリスクコミュニケーション等の研究を行っている公益財団法人「食の安全・安心財団」理事長で、食品安全行政に携わってきた東京大学名誉教授の唐木英明氏は1月26日のJ-CASTニュースの取材に、「かつて戦後まもない時期には食品添加物による健康被害が起こり、消費者団体が取り上げて運動を行った歴史がありました。そのような歴史を踏まえ、現在は非常に厳しい安全基準が採用されています。しかし今でも一部の団体が、添加物は危険というイメージに基づいた主張を続けているのも事実です」と話している。甘味料など添加物の安全性については、「日本のみならず世界共通の基準で安全性が証明されたものだけが使われています。そうでないと輸出入もできません」と説く。唐木氏は低カロリー甘味量に関する当該問題文の主張は、欧米のオーガニックビジネスの影響があったのではと推測した。オーガニックビジネスのシェア拡大の為に、既存の人工添加物のネガティブキャンペーンを行う向きがあると指摘する。「欧米のオーガニックビジネスの戦略として、遺伝子(組み換え)・農薬・添加物の3点は危険だと主張するイメージづくりが行われてきました。日本でもその影響を受けた報道が今までにあります。それらの主張のためには、恣意的なデータ解釈にもとづく間違った研究すら根拠にされます。共通テストの問題文は何かの文献の引用ではなく、出題者が独自に作った文章だと思われますが、低カロリー甘味料についての当該問題文も、そのような恣意的な研究を参考にしてしまったのではないでしょうか。しかし、ある食品の安全性を問う時に、人工か自然かは直接の関係はありません」別の問題にも誤解を招く点が?また唐木氏は、問題文の別の箇所も誤りがあるのではないかと解説した。最終段落の直前の「Unfortunately,thesemovethroughthebodyextremelyslowly,soconsuminglargeamountscancausestomachtrouble.(しかしながらあいにく、それらは体内を非常にゆっくりとめぐるので、大量に摂取すると胃のトラブルを招きうる=編集部訳))」という1文である。この文中の「these」はキシリトールやソルビトールなどの低カロリー甘味料のことだが、内容について唐木氏は「前半は直訳すると『体内を非常にゆっくりめぐる』となりますが、キシリトールやソルビトールが血液に乗って循環するスピードが遅い、といった事象はありません。確かにこれらの物質が食物から体内に吸収されるプロセスは遅いのですが、それならmoveではなくabsorbed(吸収される)が適切な表現でしょう。また後半についても、体内移動や吸収の速度は胃のトラブルとは関係がありません」と解説する。この化学的視点から見ると誤った内容が、問題文から読み取れる内容を選択肢から選ぶ問3に関わってくると指摘した。「問3は正しい内容を2つ選ぶものですが、選択肢(5)の「Sweetenerslikexylitolandsorbitolarenotdigestedquickly」(キシリトールやソルビトールは速く消化されない)が正解の一つとなっています。これは「movethroughthebodyextremelyslowly」を根拠に選ばせる意図のようですが、問題文は体内移動の誤った内容に基づいており、また消化(digested)と吸収(absorbed)は生理学的には全く別の現象です。正しい化学的知識を持った受験生は混乱してしまうおそれがあり、選択肢(5)を正解とするのは疑問です」と唐木氏は指摘し、英語第6問の問題文は「専門的知見を踏まえずに作られてしまったのではないでしょうか」とした。別の専門団体も苦言「適切な措置を講じて」これらの問題はあくまで英語の試験であるから、問題文の主張を正確に読み取って解答を選べば正解は可能である。しかしその過程で、間違った科学リテラシーを広めてしまわないか、という懸念がこのようにして専門家から表明されている。唐木氏が共同代表を務める、食の安全に携わる有識者で構成された食品安全情報ネットワーク(FSIN)では、第6問に関する以上の要旨をまとめた見解を1月27日付けで大学入試センターに送付し、受験関係者に誤解を招きかねないとして「この出題が過去問題の事例として、授業で活用されたり、受験参考書に掲載されることがないよう、適切な措置を講じていただきたい」と公式サイト上で発表している。大学入試センターはこの英語第6問の問題文について、「どのような資料に基づくかは機密保持の観点から回答を差し控えますが、複数の資料を参考にセンターの問題作成部会が作成したものです」と1月27日の取材に答えた。
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