2024年 4月 26日 (金)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(39)斎藤幸平さんに聞くコロナと「人新世の『資本論』」

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「コモン」再生を目指すコミュニズム

   これまで触れてこなかったが、「人新世の『資本論』」の後半では、後期マルクスが自然科学や環境だけでなく、世界各地の共同体研究に没頭し、西欧が目指すコミュニズムの構想そのものを変えようとしていたことが、詳しく描かれている。伝統的な共同体は経済成長をしない循環型の定常型経済を基本としていた、という発見である。初期マルクスはインドなど非西洋社会を受動的で進歩のない、停滞した社会と切り捨てていた。それが、生産力至上主義や西欧中心主義という批判を浴びてもきた。だが晩期になるにつれ、マルクスは定常型社会に依拠した持続可能性と平等が、資本への抵抗力になり、将来の西欧社会の基礎になると結論づけた、という。つまり、ここでいう「コミュニズム」とは、「社会主義を実現した後に目指すべき共産主義」といった政治プログラムとはまったく縁のない、ニュートラルな社会理念、といえる。ソ連型国家社会主義は、「生産力至上主義」という点では、欧米型の資本主義と共通している。

「私が言うコミュニズムは、アメリカ型の新自由主義経済でも、旧ソ連社会主義のどちらでもない、第三の道です。つまり、市場原理主義に沿ってあらゆるものを商品化するのでも、あらゆるものを国有化するのでもない。誰もが共有し、共同で管理する『コモン』(共有財)を回復し、持続可能な社会にしていく。それを晩期マルクスの用語にならって『コミュニズム』と呼んでいます」

   マルクスは来るべきコミュニズムを、生産者たちが生産手段や地球そのものを「コモン」として共同で管理・運営する社会を思い描いた。これは、ソ連のような一党独裁・国営化路線とは全く違う社会だ。

   水や土壌のような自然環境、電力や教育、医療といった公共財は、本来は、だれもが平等に享受できる「コモン」であったはずだ。だが、商品化や稀少性を価値の源泉とする資本主義は、環境や労働力を収奪しつつ、そうした「コモン」を囲い込んでしまった。その結果、人々は生存基盤を獲得するために、ますます長い時間働き、格差は広がって、最低限必要なものすら入手できない貧困がうまれている。だが、「コモン」を回復する方法などあるのだろうか。斎藤さんはこういう。

「マルクスは協同組合的な、アソシエーション的な存在に注目してきた。国家でも私企業でもない中間的な協同体です。晩年のマルクスが執筆した『ゴータ綱領批判』には、将来の社会の構想として、『協同的富』が一層豊かに湧き出ると書かれている。これは彼が研究したゲルマン民族の共同体的な富の管理方法を指すと考えるのが自然です。つまり、彼は、誰もが享受できる公共財を共同で管理する方式を再構築し、定常型経済を目指すべきだと考えていた」

   経済成長をスローダウンし、スケールダウンするという主張は、後ろ向きと受け取られがちだ。口では「清貧」や「自然回帰」にあこがれるといっても、それは生活を支える潤沢な資金があればこその話ではないか。だが「潤沢さ」について、斎藤さんはこういう。

「でも、豊かさや便利さは、潤沢を意味しません。これほど便利になり、新しい商品が次々に出ても、絶えず競争にさらされ、死ぬほど働かないと生きていけない。満員電車にすし詰めになって出勤し、コンビニの弁当を食べ、ユニクロの服を着る。自然と触れ合い、余暇を楽しむ心のゆとりさえない。それが潤沢といえるでしょうか」

   コモンを再生し、コモンを共同で管理する。齋藤さんはその萌芽は少なくないという。

「資本家や株主ではなく労働者が協同出資して共同管理する労働者協同組合はすでに世界各地に定着している。それだけでなく、コモンの『ラディカルな潤沢さ』を取り戻す試みが、各地で始まっています」

   その例として斎藤さんが挙げるのが、「フィアレス・シティ(恐れ知らずの都市)」という旗を立て、国家が押し付ける新自由主義的な政策に抵抗し、「みんなのための町」を宣言したスペインのバルセロナだ。同市は昨年「気候非常事態宣言」を出し、2050年の脱炭素化という目標と包括的な行動計画を明らかにした。地産地消の再生可能エネルギーで地域経済を活性化させ、貧困対策、雇用創出に結びつける。気候非常事態に本気で取り組むためには、持続不可能で、不公正な経済モデルを転換しなくてはならない、という考えだ。

   そのために、先進国の大都市は「協同的なケア労働」を重視し、「誰も取り残されない」社会への移行を先導する責任がある、と同市は表明した。その費用を担うのは「最も特権的な地位にある人々」だというのである。

   この「フィアレス・シティ」にはアムステルダムやパリ、グルノーブルなど、さまざまな都市の政党や市民団体が賛同し、ネットワークを形成しつつある、と斎藤さんはいう。

   重要なのは、こうしたネットワークがアフリカ、南米、アジアにも広がり、「グローバル・サウス」との連帯を模索していることだ。

「新自由主義経済は、外にはグローバル化、内には民営化路線を推し進めてきた。それが本当にリスクを減らし、リジリエンス(回復力)を高めることにつながっていなかったことが、今回のパンデミックで明らかになった。ポスト・コロナ社会では、『まず経済のV字回復を』という声が高まる可能性が高いが、その後も気候変動はもっと大きな危機を突きつけてくる。世界はパンデミックをきっかけに、公衆衛生やエッセンシャルワークの重要性に気づき、すべてを市場任せにしてはいけないという意識が強まっている。次に来る後戻りできない危機を前に、連帯して、立ち上がるべき時です」

ジャーナリスト 外岡秀俊




●外岡秀俊プロフィール
そとおか・ひでとし ジャーナリスト、北大公共政策大学院(HOPS)公共政策学研究センター上席研究員
1953年生まれ。東京大学法学部在学中に石川啄木をテーマにした『北帰行』(河出書房新社)で文藝賞を受賞。77年、朝日新聞社に入社、ニューヨーク特派員、編集委員、ヨーロッパ総局長などを経て、東京本社編集局長。同社を退職後は震災報道と沖縄報道を主な守備範囲として取材・執筆活動を展開。『地震と社会』『アジアへ』『傍観者からの手紙』(ともにみすず書房)『3・11複合被災』(岩波新書)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)などのジャーナリストとしての著書のほかに、中原清一郎のペンネームで小説『カノン』『人の昏れ方』(ともに河出書房新社)なども発表している。

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