2024年 4月 25日 (木)

サンバじゃないのに「マツケンサンバ」 歌謡曲の「謎タイトル」なぜ定着?その歴史を調べた

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   東京オリンピック・パラリンピックの開閉会式で注目を集めた楽曲が「マツケンサンバ」である。松平健さんの「マツケンサンバⅡ」のメロディーにのせて派手な演出を期待する日本人は少なくなかった。

   ところがこの「マツケンサンバ」、厳密な音楽ジャンルはサンバではない。識者によれば、本来のサンバには程遠いという。「お嫁サンバ」「てんとう虫のサンバ」といった歌謡曲も同様だ。

   サンバではないのに「サンバ」と名がつく曲をなぜ日本人は好んできたのか。南米ブラジルからもたらされたサンバが邦楽とミックスし進化した歴史をたどった。

  • 五輪開会式に「マツケンサンバ」待望論が生じたほどの日本人の「サンバ好き」の理由は?(写真:エンリコ/アフロスポーツ)
    五輪開会式に「マツケンサンバ」待望論が生じたほどの日本人の「サンバ好き」の理由は?(写真:エンリコ/アフロスポーツ)
  • 五輪開会式に「マツケンサンバ」待望論が生じたほどの日本人の「サンバ好き」の理由は?(写真:エンリコ/アフロスポーツ)

サンバにボンゴは使わない!?

   「マツケンサンバⅠ」から4作作られている松平さんの「マツケンサンバ」シリーズのうち、最もヒットしたのが「マツケンサンバⅡ」である。だが、この曲をめぐっては、「サンバではない」との指摘がしばしば出る。

   音楽プロデューサーのヒャダインさんも、雑誌「non-no」の連載記事などで、

   ・歌詞に『叩けボンゴ』とあるがサンバでボンゴは使わない

   ・(曲中に出てくる)「オレ!」の掛け声はフラメンコ

   などと指摘している。

   確かに、サンバカーニバルでの音楽とマツケンサンバⅡは明らかに異なる印象を受ける。作曲の宮川彬良さんも2021年9月5日のツイッターで

「ボンゴはアフリカの楽器なのでサンバには使わない、そりゃそうだ。マツケンサンバⅡでもコンガは使っていますが、ボンゴは使っていません。歌詞にあるだけです。でももし歌詞が『叩けコンガ』だったら、きっと違うメロディーになっていた、と思います」

   と発信している。

   さらに「マツケンサンバ」シリーズ第4作の「マツケンサンバ4~情熱のサルサ〜」に至っては、タイトルに「サルサ」とついている。

「マツケンサンバⅡ」がサンバではない理由

   サンバはブラジル発祥の音楽で当地の文化と結びついているが、厳密にはどのような音楽なのか。音楽ライターのハシノイチロウさんに聞いた。

「サンバとは、20世紀初頭にブラジルのバイーア地方で生まれた音楽で、奴隷として連れてこられたアフリカ人のリズム感覚とポルトガルの文化がミックスされたものとされています。基本的にダンスのための音楽であり、打楽器が中心です」(ハシノさん)

   本場のサンバではボンゴではなくスルド、カイシャなどの打楽器を使い、日本人の耳には「マツケンサンバ」よりも土俗的でエキゾチックに聞こえる。

カーニバルのサンバと「マツケンサンバⅡ」は音楽的にはかなり違う(浅草サンバカーニバルにて)写真:UPI/アフロ
カーニバルのサンバと「マツケンサンバⅡ」は音楽的にはかなり違う(浅草サンバカーニバルにて)写真:UPI/アフロ
「2拍子で2拍目にアクセントがあり、大太鼓で2拍目を強調するとサンバっぽくなります。そこにパンデイロやタンボリンといった、タンバリンに似た小さな打楽器を細かく入れるとさらにサンバ感が出ます。リズムの刻み方に『クラーベ』という、ラテン音楽に独特のシンコペーションのパターンが見られます。また、ここぞという時のリズムのキメが3連符なことも特徴的です。曲のテンポは様々で、重くゆったりとした曲調から、超高速までいろんなタイプがあります」(ハシノさん)

   そして「マツケンサンバⅡ」であるが、ハシノさんは「『マツケンサンバⅡ』には前述のブラジル音楽のリズムの特徴がまったく見られません」として、

「曲のジャンルとしては、フィリー・ソウルがもっとも近いと思います。70年代中頃のソウルミュージックの一ジャンルで、ゴージャスなストリングスやコーラス、4つ打ちのビートが特徴です」

   と分析する。

   「サンバ」と名の付く歌謡曲には「お嫁サンバ」(1981)「てんとう虫のサンバ」(1973)「白い蝶のサンバ」(1970)などがあるが、ハシノさん曰く

「いずれの曲も『マツケンサンバⅡ』と同じく、ブラジル音楽を感じさせる要素が皆無です。『お嫁サンバ』はティンバレスやボンゴといったラテンパーカッションがふんだんに使われており、ベースラインやピアノのフレーズ的にもサンバというよりはサルサに近いと思います」

   という。厳密にはサンバとは言えない曲も、日本人は構わず「サンバ」と名付けて聴き続けてきたようである。

「日本人とサンバ」その歴史をさかのぼる...

   「マツケンサンバ」に限らず、日本の歌謡界で「サンバ」の定義が曖昧なままで推移した理由はどこにあるのか、歌謡曲史から調べてみる。

   「日本の流行音楽界では、戦前にはタンゴを、戦後はマンボやルンバ、チャチャチャといったラテン音楽が輸入されてきました」と話すのは、当時の歴史に詳しいレコード収集家でライターのとみさわ昭仁さん。

「1950年代から60年代にかけて歌謡界では『ニューリズム』と銘打って新しいリズムの音楽を模索してきた流れがあります。その中のひとつにサンバもありました。また、1960年代中盤から世界中でボサノバブームが起こり、その牽引役のひとりでもあったセルジオ・メンデスが日本でも大変な人気を博したことも影響しているでしょう。
また1960年に映画『黒いオルフェ』が日本で公開されますが、ブラジルのリオデジャネイロを舞台としたもので、劇中にはリオのカーニバルが登場します。この作品によってサンバカーニバルを知った日本人は多いと思います」

   ところが、当時からサンバの定義が曖昧に理解されていたようだ。ハシノさんも

「『サンバ』を名乗る歌謡曲で最古のものは私が知る限りでは1953年の美空ひばりさんの 『春のサンバ』ではないかと思いますが、この曲も音楽的にはサンバとは言えないです。
その後、60年代にはニューリズムとしてボサノバが紹介され、一時的にサンバ〜ボサノバのテイストが入った歌謡曲が流行りましたが、サンバ以外のたとえばマンボやツイストといったリズムの名前がついた歌謡曲は基本的にその音楽の特徴を備えていますが、サンバだけは違っているようです」

と考える。

   なぜジャンルの混同が生じたか、考えられるのは「黒いオルフェ」にも登場するリオのカーニバルの視覚的インパクトだ。

   とみさわさんは「この映画で使われている音楽はボサノバであってサンバではないのですが、音楽的にその境界は曖昧なため、日本では双方を一緒くたにしている現象が多々見られます」と指摘する。しかも「黒いオルフェ」にはサンバを使ったカーニバルの場面もあるからややこしい。

定義よりも「祝祭感」を好む日本人

「戦前から戦後にかけて、サンバの発祥の地であるブラジルへ日本から大量の移民がありました。そして1973年の移民停止を経て1990年代の終わりころから多くの日系ブラジル人やその二世が日本へ永住帰国をするようになります。このことも日本でサンバが定着した理由のひとつにあると考えられます。
また、高度経済成長期を過ぎかつては娯楽の中心地だった浅草が古臭い場所とされて活気を失い始めます。それを危惧した俳優の伴淳三郎が、神戸市の神戸まつりで行われていたサンバパレードをヒントにして、浅草でのサンバカーニバルを発案します(第1回が1981年)。非常に祝祭感の強いサンバ音楽とパレードのビジュアルは、お祭り好きな日本人の民族性とも相性が良かったのではないでしょうか」(とみさわさん)

   ハシノさんもカーニバルの影響について

「昭和の日本人の多くはサンバというとリオのカーニバルを連想し、おもに視覚的な情報として認識していたと思います。そこから、サンバといえばお祭り騒ぎや陽気なカーニバルといったイメージが定着し、その反面、音楽的な要素は重視されなかったのではないでしょうか。
サンバの音楽的特徴は日本人には難しく、また昭和の時代の日本語のメロディーに乗せにくかったため、サンバの実際のリズムを取り入れるのではなく、イメージだけを取り入れることになったと考えます」

と話す。

   実際のサンバにはローテンポな曲もあるのだが、厳密なサンバでなくてもラテン的でお祭り感・祝祭感のある曲を「サンバ」として楽しんできた面があるのなら、「マツケンサンバ」はその極致といえよう。

   無観客となったオリンピック・パラリンピックの開閉会式だが、「マツケンサンバⅡ」待望論の裏には、サンバと五輪に祝祭感を求める日本人の認識が後押ししたとも考えられる。

    「そもそも、日本の『歌謡曲』というジャンルは、特定の音楽ジャンルを表したものではなく、マンボ、ルンバ、チャチャチャ、サンバ、ロック、ディスコ、テクノなど、その時代ごとの流行音楽を節操なく取り入れることがアイデンティティになっています。そう思えば、サンバじゃないのにタイトルが『○○サンバ』となっていることなど、大した問題ではないのでしょう」ととみさわさんも指摘するように、「マツケンサンバ」のオールジャンルぶりも日本独自のカルチャーとして愛好すべき文化かもしれない。

(J-CASTニュース編集部 大宮高史)

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