「万博とは、情報を得るためのイベントではなく......」
その上で、「私たちが求めていたのは、単なるデータとしての『コンテンツ』ではなく、それに触れたときに生まれる『関係』や『体験』、そして『記憶』なのです」と主張。
「だからこそ、万博のような"場所"を持った体験が、単なるデジタル情報では代替できないことは明らかです」とした。
万博の価値について、「万博とは、情報を得るためのイベントではなく、"未来を誰かと一緒に生きるという感覚"を、五感と共に共有しアイデアを交換し体験する場所なのです」としている。
引地さんは、24日にもひろゆきこと実業家の西村博之さんの「大阪万博、採算度外視で大金を突っ込んだパビリオンはこの時代に生まれて大阪に行ける人しか見れない」としたX投稿を引用し、万博の意義について「結局万博は『デジタルで代替できない』んだと思います。多くの人はネットの『情報』を求めているんじゃなくて、本当は『いま、ここ』にしかない『体験』を僕らは求めているんだと思います」と反応していた。
「万博はインターネット時代にはもう必要ない」そうした意見を目にするたびに思うのは、それが「情報」と「体験」の違いを理解していないということです。確かに、情報だけを求めるなら、ネットがあれば十分かもしれない。でも私たちは、本当に"情報"だけを求めていたのでしょうか?これは、コンテンツ… https://t.co/8PrcADluSl
— 引地耕太 | VI-SIONs CEO / COMMONs 代表 (@kouta_hikichi) May 25, 2025