久米晃さん(71)は自民党本部に約40年、選対事務部長など長く実務に携わった自民党を最も知る人物である。野党にも人脈が広く、「選挙の神様」とまで言われて来た。その人がいま、与野党ともダメ、と厳しく「喝!」を叫ぶ。新興の政党に対しても、政党の体をなしていないと厳しい。その元自民党本部事務局長の久米さんにインタビューして怒りの中身を聞いた。日本の政党政治に未来はあるのか。
(インタビュー ジャーナリスト 菅沼栄一郎)
石破氏は前倒し総裁選に出馬して信を問うべき
「石破内閣の支持率上昇」が、「石破降ろし」をめぐる今月下旬の最終局面の展開に、微妙な影響を及ぼしているが、久米晃氏は、「政党は、こうした選挙結果の責任に、きちんとけじめをつけないと、党内に大きな亀裂を残すことになる」と警告する。マスコミの世論調査では、「石破首相は辞める必要がない」との声が多数とされ、自民党総裁選の「前倒し」を検討する都道府県連にも慎重な意見が出ているが、「選挙結果の責任をめぐる政党のルール」を40年近く見てきた眼には、厳しい現実が見えるようだ。参院選後の「多党化」とも言われる現象の本質は「政党の質の低下」にあるとも指摘する。
―― 石破茂首相の内閣支持率が、2025年8月18日の朝日新聞に掲載された世論調査で36%に上がり(前回29%)、首相辞任は「必要ない」も54%(同47%)に増えました。自民党の「総裁選前倒し」の手続きが、これから本格化しますが、これに必要な「過半数」は集まりますか。
久米 NHKの世論調査(8月13日報道)でも、石破首相は「辞める必要はない」(49%)が、「辞めるべきだ」(40%)を上回ったと伝えました。しかし、ある報道によるとNHK調査を年齢補正(回答者の年齢に偏りがあったため、現実の年代別割合に応じた補正)をしたら逆転して、続投賛成45%、反対47.5%となったとありました。調査対象は高齢者が多かったようです。
政党は選挙の責任をきちんと取らないと党内に大きな亀裂を残します。このままでは、石破さんは党内に反主流派を抱えての党内運営を迫られる。物事が進まなくなると思います。前倒しの総裁選には、石破さんも出馬できるのですから、そこで信を問えばいい。若い候補者たちと、党再生のスタートを切ればいいと思います。
―― しかし、総裁選前倒し決定は、石破総裁のリコールに等しい。世論がこれだけ盛り上がる中で、前倒しを求めていた県連の中にも慎重論も出始めたと聞きます。
もはや自民党に「復元力」見当たらない
久米 2024年秋の衆院選では261議席(前々回の当選者)から191議席へ70議席を減らしました。裏金問題の決着がついていなかったから、と言う人もいたが、総選挙を1週間前倒しして、非公認候補にも2000万円を交付していた問題は明らかに執行部の人為的ミスと言えます。この責任を逃れることはできません。参院選でも、「2万円の給付金」について、有権者からどういう評価を受けたのか。組織として、こうした事実にきちんとけじめをつけないと、今後政党として立ち行きません。
―― 8月最終週の森山裕幹事長辞任と、石破首相の退陣は避けられないと。
久米 総裁選挙管理委員会が8月19日に開かれて欠員を補充しましたが、このあと都道府県連や全国会議員の判断が出てくる。並行して参院選挙の総括を森山幹事長のところでやっている。総括の結果が出たら森山さんが態度表明する。この二つの線はどこかで一緒になるはずです。日本社会の常識として、負け戦をやったらトップが責任をとるのは常識です。参院選大敗直後に、続投を打ち出したことによる党内の亀裂が1か月近く続いている。これも大きな石破さんのミスだと思います。
―― 支持率が上がったからといって、2つの国政選挙に大敗した責任には知らん顔、というのも通りませんね。ただ、「総裁選前倒し」は、石破首相にとっては、事実上の敗北で、総裁選に自ら出馬するなんてことはできない、と言われます。
久米 そんなことありません。総裁選前倒しは自民党にとって初めてのことです。自信があるなら、きちんと選挙敗北の責任にけじめをつけて、若い候補者たちと、自民党の再出発議論をやればいいじゃないですか。これまでの自民党には復元力があったんですが、もはや見当たらない。石破さんを倒したら、その後はどうなるか。それも見えてこない。リーダーが育っていない、そこから出直しです。去年の総裁選の石破さんを除いて8人が、これまでの約1年で、ちゃんと兵を養ってきたかどうかが見えます。勉強会続けているか、人間性、リーダーとしての資質が、改めて問われる。
参政党、れいわ新選組って「政党」ですか?「私党」でしょう
―― 野党にも混乱が目立ちます。立憲民主党や維新の会にも存在感がない。
久米 野党も何やってんだ、与党の共犯者だ、というのが有権者の思いでしょう。選挙では、与党と共に議席を減らしてきた。政権交代可能な二大政党制、という言葉があったけれど、実際にあった政権交代は1回だけ。選挙が近いから、と国民に口当たりのいい、短期的なことばかり言っている。大衆迎合・ポピュリズムです。
―― 参議院選の結果は、既成政党がこれまで何もしてこなかったことへの不信、それが一気に新興政党の国民民主党や参政党に流れた、と久米さんは言っていましたね。
久米 一時的な「受け皿」であって、次の選挙も同様に躍進できるかは、新興政党が「政党」になりきれるかにかかっています。
―― 選挙後、「多党化」と言われますが、現実に「政党」は増えているのですか?
久米 あれは政党ですか。参政党や、れいわ新選組って、政党と言えるんですか?そうじゃないでしょ。一過性の私党ですよ。本来の政党の要件を満たしてない。
―― いや、公選法や政党助成法から言えば「現職国会議員5人以上か、前回など国政選挙で2%以上の得票率」で政党です。
久米 政党とは同じ政治的主義・主張や宗教感をもつ者によって組織され、その実現のためには綱領や党則にもとづいて活動する集団です。そしてその活動は、機関決定によってなされなければならないとも思います。そういう政党ではないでしょう。NHK党が政党ですか。税金党だ、スポーツ平和党だ、年金党だ、サラリーマン新党だと、これまでにもいっぱい出てきた。党首の名前は憶えているけれど、選挙一回でほぼ消えた。維新の会ですら、そうなりつつある。一時はワーッと来たけれど、いつまでたっても橋下徹・元大阪府知事の私党ですよ。ぎゃんと言われたら、右往左往している。
政権与党は耳の痛いことでもきちんと言うべき
―― では、「政党の再生。政党政治の再建」をどこから始めたらいいのでしょう。
久米 政権政党は、耳に痛いことでも、国民にきちんと言わなければいけません。そうした説明、説得する力がない。平成に入って、何ひとつ結論結果が出ない政治が続いてきた。野党はその共犯者。少子化の問題にしたって、景気にしたって、何ひとつ結果が出ていない。野党はそうした政権を倒すこともできず、一回だけ倒してもすぐに自民党に奪い返された。
ただ、すべての責任は自民党にあると思います。新党ブームが出てきたのも自民党がしっかりしていないからです。説明不足であり、人材がいないからです。
―― 「ポスト石破」で、少数与党と一部野党の連立問題が盛んに出ています。
久米 自民と一部野党の連立はないでしょう。自民党が少数になった時に、野党は政権をとるのが普通です。その動きが全くなかった。政権なんて担いたくない、と思っている。与党になりたくない。責任いやだ、そんな能力もない。野党だから票をもらっている。与党になったら矢面に立ちます。政権を担えるだけの能力も努力もないんだから。自民党が少数与党になった時から、野党は都合のいいところにだけ食らいついて、今が一番有り難い状態です。こういう状態はしばらく続いていくと思います。野党には政権入りするような能力も気力もない。
―― 総選挙までまだ3年あります。
久米 政治家にとって、「間違えていない」と国民にうなずいてもらうことが大事です。自民党は右から左までの総合商社なんです。百貨店、それが自民党のとりえだった。単品だけ売る商店になったら誰も振り向かない。そこが自民党の度量であり、そこにいる国会議員の幅広さだった。野党も小選挙区制度になったから、票をとることしか考えていない。大衆に迎合するようなことしか言えなくなっている。
選挙強い人ほど正論をはくべきです。耳の痛い話であっても、国民一人ひとりに納得してもらう政治をしないと、いつまでたってもあっち行ってふらふら、国民の信頼を失っていくんです。正論を言えば実は選挙に強くなるんです。立憲民主党も維新の会も、党内政局が起きますよ。連立どころじゃないでしょう。