人気イベントや季節ごとの限定品をめぐっては、近年、「転売問題」が後を絶たない。発売直後に完売し、定価の数倍で出品されるケースが相次ぎ、「欲しくでも買えない」という不満の声が広がっている。
そんなトラブルに直面したのが、田中健一さん(仮名・40代)と小学5年生の娘だった。
店先に漂う異様な空気
「お父さん、一緒に行こう!」
休日の午後、娘に誘われた田中さんは、夜勤明けの疲れを忘れて自転車を走らせた。
「久しぶりに2人で出かけられるのがうれしかったですね。しかも、ちょうど限定販売があると聞いて、私も『欲しい!』と思ってたんです」
期待を胸に店へ向かったが、近づくと異様な光景が目に飛び込んできたという。
「駐車場には車がずらっと並んでいて、入り口付近では大きな袋を抱えた人が次々に出てくるんです。どうみても買い込んでいるという感じでした」
その様子をみた娘は、不安そうに......。
「お父さん、あれって転売ヤーじゃない? もう買えないよ」
田中さんは娘の言葉に驚いた。
「SNSで転売ヤーの話題を見ていたみたいで、娘の方が察しが早かったんです。私は、正直そこまで考えていなかったので、ドキッとしましたね」
それでも田中さんは希望をつなぐため、娘に声をかけた。
「とりあえず中に入ってみよう、と言いました」
転売ヤーが娘にぶつかって...
しかし、店の入り口に着いた瞬間、予想外の出来事が起きた。
「袋を乱暴にぶら下げた客が飛び出してきて、娘にぶつかったんです。慌てて『大丈夫か』と声をかけました」
その人は転売ヤーらしかった。そのとき、娘の表情が一変した。
「普段はおとなしいのに、その瞬間だけは別人でした。まるで怒りで顔が変わったようで、相手にローキックを放ったんです」
小さな娘の力では大きなダメージにはならなかったが、その迫力に相手は後ずさりした。そして娘は、こう叫んだのだ。
「父ちゃんのぶん、返せ!」
相手は「ガキが」と吐き捨てて立ち去った。残された田中さんは、震える足で立つ娘を抱きしめたそうだ。
「泣いたのは娘じゃなくて、私の方でした。『父ちゃんのぶん、返せ』という言葉が、本当にうれしかったからです」
2人は、限定品ではない商品を購入。近くの公園で一緒に過ごしたという。
「娘が、『お父さん、泣いちゃった!』と明るく言ってくれて......。あの時間は、忘れられない思い出になりました」