人気観光地への観光客の急増が、まちの風景を少しずつ変えている。SNSで話題となった名所や「映えスポット」には観光客が押し寄せ、時には地元住民たちの日常生活に支障をきたしているようだ。全国各地で深刻化している「オーバーツーリズム」は、経済を潤す一方で、マナー違反や騒音、無断侵入といった問題が各地で相次いでいるという。観光の恩恵と負担――。人気観光地近くに住む高橋絹江さん(仮名・30代)は、祖父母の家で過ごすたびに、年々変わっていく様子に驚かされるという。観光地の「裏側」で起きていたマナー違反最寄り駅から名所へ向かう途中にあるその家は、観光客が頻繁に通る位置にあるが、お土産屋や飲食店が並ぶ観光エリアではない。にもかかわらず、ここ数年で歩道を行き交う人の声や足音が家の中まで響くようになり、祖父母は落ち着かない日々を送っているという。「最初に違和感を覚えたのは祖父でした。ある日、庭の花に水をあげようと蛇口を見たら、水滴がぽたぽたと落ちていたそうです。自分が締め忘れたのか、祖母が使ったままなのか分からず、その日は深く考えなかったというのですが......」数日後も同じ状況が続いた。「『おかしいな』と思い始めた祖父は、祖母に、『水を使ったあとは、きちんと蛇口を締めておこう』と伝えました。でも、その後も蛇口から水が滴り落ちている日があったというんです」祖父はその時初めて、「もしかして、第三者が使っているのでは?」と疑いをもったという。防犯カメラが映した予想外の光景不安を拭えなかった祖父は、防犯カメラを設置。数日後、映像を確認してみると、そこには目を疑うような光景が映っていた。「観光客が敷地内に入って、蛇口で手を洗ったり飲んだりしている姿がありました。なかには靴を洗っている人までいたんです」祖父母は私有地であることを明確にするため、駐車場にカラーコーンを置き、「私有地につき、許可のない侵入はご遠慮ください」と複数言語で記した立札を設置した。「水道代が大きく跳ね上がるほどではないにしても、知らない人が敷地に入ってくるのは怖いですよね」立札を設置した後は、蛇口を勝手に使う人はほとんどいなくなったようだ。「観光で来る人たちが悪いわけではないと思うんです。でも、ほんの少しの無関心が、誰かの生活を傷つけていることもあるんですよね」近隣住民の中には、観光客増加でカフェの売上が上がるといった経済的な恩恵を受けた人もいるが、同時に「静かに暮らしたい」という声も少なくない。祖父にとっては、「観光地の賑わいは生活の負担でしかない」と高橋さんはいう。「昔は、観光客が『こんにちは』と声をかけてくれることもあったんだけどね......」と祖父は苦笑していたとか。人気観光地の陰で、地元の「静かな日常」が少しずつ失われつつあるのかもしれない。
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