高市早苗・自民党総裁は2025年10月21日の首班指名で首相に選出される方向だが、日本維新の会が連立入りの条件とした「衆院の定数1割削減、年内決着」の実現はそう簡単ではない。維新が以前から掲げてきた「企業団体献金禁止」を自民党が受け入れにくいために「すり替え」として急きょ吉村洋文代表が主張し始めたとの批判にもつながっている。自民・維新「閣外協力」スタート直後のつまずきになる恐れもある。削減法案審議する「衆院政治改革特別委員会」の委員長は立憲民主党出身自民党の逢沢一郎氏はさっそく、吉村代表の「定数削減」主張を「論外」と批判した。「身を切る改革、イコール議員定数削減ではない」と言う。「定数削減は大阪や東京でなく(人口の少ない)地方の定数がさらに少なくなる」というのがその理由だ。小選挙区はもちろん、衆院の場合は比例区も11ブロックに分けているため、人口が少ない地方に影響が大きい。逢沢氏は、衆院議長の下に置かれた全会派の委員が参加する「選挙制度に関する協議会」の座長を務める。定数削減は、すべての議員に影響を与えることから、小選挙区や区割り、比例区での影響などをまとめる「座長」の立場から、吉村代表の主張に警告を発した格好だ。逢沢氏の論理でいくと、吉村氏の主張は「地方の身を切る削減」につながってしまうことになる。逢沢氏が座長の「衆議院選挙制度に関する協議会」は、2025年初めから議論を続けており、「来年出る国勢調査の結果を受けて結論」を出す予定だ。国会議員の身分に関する事案は慎重に審議すべきとして、すべての党派が合意の上で設置した協議会だ。維新の委員も参加している。吉村代表は、「臨時国会で年内にやる」と主張しているが、自民・維新2党の都合で、協議会は動かない。仮に、協議会を無視して、2党で「1割削減」の議員立法を提出しても、これを審議する「衆院政治改革特別委員会」の委員長は、「慎重審議」を主張する立憲民主党出身だ。自民・維新の思うようには動かない。「死票」を少なくするために比例区を組み合わせた私は新聞社の政治記者として、1994年導入の小選挙区比例代表並立制を審議した第8次選挙制度審議会の取材を担当した。当時、小選挙区制は二大政党制を進め、政権交代可能な体制を作るとされた。しかし、この制度は一方で、「死票」が多く出る欠点があるため各党の得票率に応じて議席が配分される比例代表制を組み合わせる制度が提案された。最終的には「小選挙区6対比例代表4」の比率とされたが、小政党に不利になりにくく得票率を重視する立場から「5対5」の主張も強かった。当時、自民党総裁として同制度の導入を決めた河野洋平氏は後に、「(同制度は)失敗だった。民意をもう少し幅広く反映することが必要」と話していた。それほど、選挙制度改革は難しく、いかにして民意をより反映するかは今も重要な課題である。戦後続いてきた「中選挙区制」が「小選挙区比例代表並立制」(1994年)に代わった時、議席比は「小選挙区300、比例区200」だった。これが、自民・自由連立政権(1999年)当時に「比例区で50削減」でいったんは合意したが、公明党が連立に入る過程で「20削減」となった。残りの30議席は、「小選挙区などを中心に」削減する、とされたが後にうやむやになった。戦後の定数是正で、人口増減に伴う調整を除くと、この時の20減が最大だ。今回は、維新の当初提案文書では「国会議員の一割を目標に削減」となっていたが、途中から「衆院比例の1割」となり、小選挙区の削減は消えた。比例だけの削減に反対する少数政党維新は当初「比例区だけの削除」を主張したが、これは、公明党などの中小政党に不利で、強い反対が予想される。ここで、「強行突破」すると、この先の物価高対策などの法案審議で、「過半数割れ前後の自民維新連合」では、野党との調整がうまくいかない恐れがある。日本経済新聞(2025年10月18日)は、「衆院比例で50議席減」で各党の議席がどれだけ減るかを、2024年秋の衆院選得票で試算した。現行の176議席から126議席に減れば、全国11ブロックの定数は2~8減少する。獲得議席は自民が-17、立民-9、公明-6、維新-5となった。減少率で言えば、自民、立民は1割以下だが、比例選出議員の比率が高い公明と共産は25%だった。3議席ずつ獲得した参政と保守党はいずれも1議席しかとれない計算になる。公明党の斉藤鉄夫代表は、小選挙区比例代表並立制が導入された1994年の基本原則は「小選挙区3対比例2」だったとして、「比例だけ削減は原則に反する」と批判する。(ジャーナリスト 菅沼栄一郎)
記事に戻る